教養・コラム

Googleマップに従わず、「欲望の道」を歩く。

yworks21@gmail.com

建築家の敗北宣言

美しく整備された公園や、幾何学的にデザインされた大学のキャンパス。その青々とした芝生の上に、斜めに突っ切る一本の茶色い細道が踏み固められているのを見たことはないだろうか。

建築家が「ここを歩け」と用意した直角の舗装路ではなく、何人幾人もの人々が「あっちに行きたい」という純粋な欲求に従って最短距離を歩いた結果、自然に発生した非公式な道。これを専門用語で「デザイア・ライン(Desire Lines/欲望の線)」と呼ぶ。 ロバート・ムーアは著書の中で、この道を「建築物の設計者の権力に対する、歩行者の静かなる投票行動」だと表現している。

かつて、アメリカはミシガン州立大学では、キャンパス内の歩道を設計する際、あえて最初は舗装をせず、学生たちが芝生の上を歩き回るのを待ったという逸話がある。そして翌年、草が枯れて剥き出しになった地面(デザイア・ライン)の上にだけ、レンガを敷いた。 これは、トップダウンの計画よりも、ボトムアップの「欲望」の方が、常に合理的であることを認めた、建築家の潔い敗北宣言とも言える。

アルゴリズムという新たな独裁者

かつて我々の歩く道を支配していたのが都市計画家だとしたら、現代における独裁者はGoogleマップなどのナビゲーション・アルゴリズムだ。

スマホを取り出せば、青いラインが「これが最短です」「これが最速です」と、疑いようのない正解を提示してくる。我々はその指示に、かつてのアリがフェロモンに従うように、無批判に従いがちだ。自分の頭で考えることを放棄し、画面の指示通りに右へ左へと曲がる姿は、遠隔操作されるロボットと何ら変わりがないかもしれない。

確かにそれは効率的だ。到着時刻は正確で、無駄なガソリンやカロリーも消費しない。しかし、著者の視点を借りれば、そこには決定的な「喪失」がある。 最適化されたルートには、「ノイズ」が欠けているのだ。ふと気になった路地の匂い、古びた看板の魅力、なんとなくあっちに行ってみたいという直感。そうした非合理的な「欲望」は、アルゴリズムにとっては排除すべき誤差でしかない。だが、人生の豊かさとは、案外そうした誤差の中に隠れているものではないだろうか。

監視社会の隙間に咲く「原始的欲求」

ムーアの洞察で特に興味深いのは、独裁的な計画都市に関する記述だ。 彼は、ミャンマーのネピドーや、北朝鮮の平壌といった、権力者が「神の視点」で設計した巨大な人工都市にも、この「デザイア・ライン」が存在することを発見した。

どれほど強権的な支配者が、厳格なグリッド(格子状)の道路を敷き、人々の動線を管理しようとしても、地上の人間は監視の目を盗み、壁を乗り越え、自分たちの生活に必要な近道を作り出してしまう。 人間の「近道したい」「あっちへ行きたい」「誰かに会いたい」という原始的な欲求は、どんなに精緻なシステムでも、どんなに恐ろしい独裁者でも、完全には管理しきれないのだ。この事実は、アルゴリズムによる管理社会に生きる我々に、人間としての尊厳と、ささやかな勇気を与えてくれる。

今日のコツ: 効率の隙間に刻む道

Googleマップの青い線に従っている限り、我々はデータの一部として振る舞っているに過ぎない。しかし、あえてスマホをポケットにしまい、遠回りをし、気まぐれに角を曲がるとき、我々はシステムからの脱獄者となる。

今夜の帰り道、あえてアルゴリズムの提案とは違う道を歩いてみる/運転してみるのはどうだろうか。 AIが「右に行け」と示す場所で、左に曲がってみる。その数分のロスは、決して無駄ではない。効率化された都市の隙間に、自分だけのデザイア・ラインを見つけること。 それは、機械ではなく人間として街と関わるための、小さいけれど確実な抵抗なのだ。合理性の舗装道路を外れ、自分の欲望で土を踏みしめる感覚を取り戻そう。

ABOUT ME
記事URLをコピーしました