自分の評価ばかり気にするという病【『嫌われる勇気』5/6】
自分の評価ばかり気にして疲弊していないか
ビジネスの現場において、私たちは常に自分が周囲からどう見られているかに敏感になっている。会議での発言が的外れだと思われなかったか、上司からの評価は下がっていないか、同僚から有能な人間として認められているか。効率よく成果を上げようとする人ほど、この他者からの視線という見えない監視カメラに怯え、自分の立ち振る舞いを微調整することに莫大なエネルギーを費やしている。
私たちはこれを、周囲の空気を読み、他者に配慮する社会人としての立派な態度だと信じ込んでいる。しかし、他人の目を気にして萎縮している状態は、本当に他者に関心を寄せている状態と言えるのだろうか。実は、他者にどう見られているかばかりを気にしているとき、私たちの関心の矢印は他者ではなく、すべて自分自身にしか向いていないのである。
自己への執着が世界を息苦しくする
『嫌われる勇気』著者で哲学者・心理学者の岸見一郎およびライターの古賀史健は、アドラー心理学の観点から、このような他者の目を気にする態度を自己への執着と呼び、厳しく戒めている。他者からよく思われたいという欲求は、一見すると他者への関心のように見えるが、その本質は「私にしか関心がない」という極めて自己中心的な状態に過ぎない。
同氏らによれば、自己への執着にとらわれている人間は、世界の中央に自分が君臨しており、他者は自分の期待を満たし、自分を評価するために存在していると錯覚している。しかし、他者はあなたの期待を満たすために生きているわけではない。そのため、他者が自分の思い通りに評価してくれないと強い不満を抱き、次第に周囲の人間を敵だと見なすようになってしまう。評価ばかりを気にする生き方は、自らの手で世界を息苦しい戦場へと変えてしまう行為なのだ。
見返りを求めない貢献だけが価値を生む
この自己中心的な執着から抜け出し、真の居場所を見つけるための鍵となるのが、アドラー心理学の到達点である共同体感覚である。これは、自己への執着を他者への関心へと切り替え、他者を信頼できる仲間だと見なし、その仲間のために自分が何を与えられるかを考えるマインドセットである。この人が私に何を与えてくれるかではなく、私がこの人に何を与えられるかという視点の転換だ。
ビジネスにおいても、自分の評価や見返りばかりを計算して働く人間は、最終的に誰からも信頼されない。自分の存在価値を感じるための唯一の健全な方法は、自らの意志で他者に貢献することである。誰かに評価されなくとも、自分が誰かの役に立っているという実感さえあれば、私たちは他者の視線から完全に自由になり、心穏やかに自らの能力を発揮することができるのである。
自己への執着を手放し仲間に貢献できるか
あなたが必死に守ろうとしているその自分への評価は、本当にあなたの仕事の価値を高めているだろうか。私たちが終わりのない承認欲求のゲームから抜け出すためには、自分がどう見られるかという自己への執着を完全に捨て去り、目の前の仲間を無条件に信頼して貢献するマインドセットが不可欠である。
自らの評価を気にする鎧を脱ぎ捨て、本来の能力を組織に提供するための具体的な指針として、誰もが失敗を恐れずに発言できる環境の重要性を科学的に証明した名著、エイミー・エドモンドソンの『恐れのない組織』へと手を伸ばしてみてはどうだろうか。評価されるための自分から、他者に貢献する自分へ。その一歩が、あなたと組織の関係性を根本から、しかし確実に変えていくはずだ。
『嫌われる勇気』シリーズ (全6回)




