完璧な自分を演じることに疲れていないか【『不完全主義』5/6】
他人の目を気にして見栄を張っていないか
私たちは日々の生活やビジネスにおいて、他者に対して常に完璧で隙のない自分を見せようと努力している。友人を自宅に招く前には、まるでショールームのように部屋の隅々まで掃除し、仕事の場では絶対に弱音を吐かず、有能で頼りがいのある人物を演じ続ける。常に効率と成果を求められる現代においては、自分の欠点や生活の乱れを他人に知られることは、一種の敗北のように感じられるからだ。
しかし、この完璧な外面を取り繕い続けるための労力は、私たちの精神を確実にすり減らしていく。いつボロが出るかと常に気を張り詰め、他人からの評価に怯え続ける人生は、本質的な孤独を生み出す。どれほど多くの人に囲まれていようと、ありのままの自分を見せられない状態では、誰とも真のつながりを持つことなどできないのである。
ありのままを歓迎するスクラフィ・ホスピタリティ
オリバー・バークマンは著書『不完全主義』の中で、この見栄と完璧主義を手放すための概念として、ある牧師が提唱した「スクラフィ・ホスピタリティ」という言葉を紹介している。これは直訳すれば、だらしないおもてなしという意味である。部屋が散らかっていようと、気の利いた料理が用意できなかろうと、家を完璧な状態にするのを待たずに、ありのままの日常の中に友人を招き入れるという態度だ。
私たちは、完璧に整えられた環境でなければ他人を不快にさせると勘違いしている。しかし実際には、あなたが必死に取り繕った完璧な空間は、訪れた相手に対して、あなたの生活もこのレベルで完璧でなければ受け入れないという無言のプレッシャーを与えてしまう。不完全さを隠そうとする努力そのものが、皮肉にも他者との間に目に見えない壁を作り出し、リラックスした関係性を築くことを妨げているのだ。
弱さを見せることで真のつながりが生まれる
逆に考えてみてほしい。あなたが友人の家を訪れたとき、キッチンに洗い物が残っていたり、仕事の愚痴や失敗談を打ち明けられたりしたとき、相手を軽蔑するだろうか。むしろ、自分だけが不完全なわけではないのだと安堵し、相手に対する親しみや信頼感が深まるのを感じるはずだ。人間の本当の絆は、お互いの強さや成功をひけらかすことではなく、お互いの不完全さや弱さを共有することによってのみ結ばれるのである。
同氏が指摘するように、私たちは他人に高すぎる期待を抱くのをやめ、人間とは本来そういうものだという等身大の視点を持つべきなのだ。誰もが失敗し、誰もが散らかった現実を抱えている。その事実を自分から先に認めてしまうこと。他者の目を気にする息苦しいゲームから降りること。それだけで、周囲との関係は驚くほど温かくなるはずだ。
見栄を捨てて不完全な現実を共有できるか
冒頭の問いに戻ろう。あなたが完璧な自分を演じるために費やしているその莫大なエネルギーは、本当にあなたを幸せにしているだろうか。私たちが孤独から抜け出し、社会の中で息を吹き返すためには、有能で隙のない人間であるという虚勢を完全に捨て去り、自分の弱さを他人の前に差し出すマインドセットが不可欠である。
ブレネー・ブラウンによる名著『本当の勇気は「弱さ」を認めること』は、自分をさらけ出すことの価値を再発見させてくれる。恥や恐怖を隠すのではなく、あえて不完全な自分をさらけ出すことこそが、人生を切り拓く真の強さであると証明した一冊だ。まず一章だけ読んでみてほしい。見栄を張るのをやめて肩の荷が下りたとき、それが不完全主義の始まりだ。
『不完全主義』シリーズ (全6回)




