レビュー・紹介

高級車に乗るドライバーは誰からも見られない

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1本目:07:00【朝の刺激】レビュー・紹介

タイトル フェラーリに乗る男は誰からも見られていない。「富」と「金持ち」の決定的違い

スラッグ rich-vs-wealth-man-in-car

カテゴリー レビュー・紹介

description 高級車を乗り回すのは「金持ち(Rich)」だが「富豪(Wealthy)」ではない。『サイコロジー・オブ・マネー』が暴く、金貨を海に投げ捨てた愚かなIT長者の末路と、富のパラドックス。

keyword サイコロジー・オブ・マネー, モーガン・ハウセル, 富, 金持ち, 承認欲求

金貨を海に投げ込む「天才」

『サイコロジー・オブ・マネー』の著者のモーガン・ハウセルが、学生の頃、ロサンゼルスの高級ホテルで駐車係のアルバイトをしていた頃の話だ。そこには、ある常連客の「天才」がいた。

彼は若くしてWi-Fiルーターの主要部品を設計し、特許を持つIT企業の幹部で、莫大な富を築いていた。だが、彼の金への態度は、控えめに言っても「幼稚なバカ」そのものだった。彼は数インチの厚さの札束を持ち歩き、ある日、同僚に数千ドルを渡して「1,000ドル金貨を買ってこい」と命じた。そして、その金貨を海に向かって水切りのように投げ込み、誰が一番遠くまで飛ばせるかを競って狂ったように笑っていた。

800万ドルを遺産として残した清掃員

この物語のオチは想像通りだ。彼は2008年のリーマンショック・金融危機ですべてを失い破産した。金貨を海に投げるような金銭感覚と、レバレッジを効かせた無理な投資が彼を破滅させたのだ。

この愚かな天才と対照的に描かれるのが、ロナルド・リードという名の清掃員だ。彼はその生涯をデパートの掃除夫やガソリンスタンドの店員として働き、誰からも注目されずひっそりと死んだが、その遺産はなんと800万ドル(約12億円以上)もあった。魔法を使ったわけではない。彼は倹約し、浮いた金を優良株に投資し、ただ数十年放置して複利を味方につけただけだ。

ここから著者が導き出す教訓は、残酷なほどシンプルだ。「お金の持ち方(ファイナンス)」は、知能の高さとは何の関係もない。それは「行動」の問題だ。どれほどIQが高くても、感情をコントロールできない人間は、金融市場というカジノではただの「カモ」でしかない。。

逆に、学歴がなくても、感情をコントロールし、金融市場に残り続けた者、時間を味方につけることができる者が、最終的に800万ドルの資産を築いて死ぬことができる。これが「お金の心理学」の真髄だ。

承認欲求のパラドックス

著者は「マシーン・イン・ザ・カー・パラドックス(車の中の男のパラドックス)」という鋭い概念で、我々の痛いところを突いてくる。フェラーリに乗って街を流す男は、「みんなが俺を見て、俺の成功を称賛している」と信じている。だが、それは悲しい勘違いだ。歩行者はドライバーなど見ていない。彼らが見ているのは「車」だけだ。

歩行者は「私があの高級車に乗ったらカッコいいだろうな」という、彼/女ら自身の承認欲求を投影しているに過ぎない。皮肉なことに、自分の承認欲求を満たすために買った数千万円の鉄塊は、所有者を「透明人間」にするための装置として機能しているのだ。人々はあなたの持ち物には興味を持つが、あなた自身には1ミリも興味がないのである。

「自由」を売って「見栄」を買う、そのトレードオフを疑え

これら極端なエピソード比較から学ぶことは、我々が目指すべきは「Rich(金持ち)」ではなく「Wealth(富)」であるべきということだ。

Richとは現在の収入と支出(フロー)を見せびらかす行為であり、極論、借金をしてでもフェラーリを買えば誰でも明日からRichになれる。

一方で、Wealthとは、まだ使われずに保存された「選択肢(ストック)」のことだ。Wealthの本質は預金残高の数字ではなく、嫌な仕事にNOを言い、好きな時に好きな場所へ行けるという「時間のコントロール権」に他ならない。フェラーリを買うために自由を売るのか、それとも自由を確保するためにフェラーリを諦めるのか。この残酷なトレードオフを理解した者だけが、金貨を海に投げる愚か者から卒業できるのである。

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