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人生は未来のための準備期間ではない【『嫌われる勇気』6/6】

kotukatu
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今日を未来のための準備期間にしていないか

資格を取得して希望の部署に異動できたら、プロジェクトを成功させて十分な年収を得られたら、そのとき初めて自分の本当の人生が始まる。私たちは常に、今の慌ただしい日常は未来の成功を手に入れるための仮の姿であり、今はただ耐え忍ぶべき準備期間に過ぎないと考えがちである。一刻も早くこの準備期間を終わらせようとするのも、理想の目的地へとたどり着きたいからだ。

しかし、未来の目標を達成するためだけに今日という一日を消費する生き方は、非常に大きな矛盾を抱えている。なぜなら、目標を達成するまでの道のりはすべて不完全な状態であり、もし道半ばで病気に倒れたり、不測の事態で目標が絶たれたりすれば、その人の人生は不完全なまま終わってしまうことになるからだ。私たちはいつになれば、準備をやめて本番の人生を生きることができるのだろうか。

人生は線ではなく点の連続である

岸見一郎および古賀史健は著書『嫌われる勇気』の中で、人生を目的地に向かって進む直線のようなものだと考えることをキネーシス的(動的)な人生と呼び、明確に否定している。アドラー心理学において、人生とは線ではなく、連続する刹那、すなわち点の連続に過ぎない。過去から未来へと繋がる一本の線など存在せず、私たちは常にいま、ここという点だけを生み出し続けているのである。

同氏らは、本来の人生のあり方をエネルゲイア的(現実活動的)な生き方であると定義する。これは、目的地にたどり着くこと自体が目的ではなく、活動しているそのプロセス自体がすでに結果として完結している状態を指す。旅行を例にとれば、目的地に着くことだけが目的ならヘリコプターで直行すればいい。しかし実際の旅行は、家を出た瞬間からすべてのプロセスが旅行という目的なのである。人生も同じように、今この瞬間に何かに没頭している状態こそが、すでに完全に満たされた本番の人生なのだ。

過去も未来も存在しないという真実

人生が点の連続であるならば、過去に起きたトラウマが今のあなたを縛ることはあり得ないし、未来に何が起きるかを今のあなたが不安に思う必要もまったくない。私たちが過去を悔やんだり未来を恐れたりするのは、いま、ここを真剣に生きていないからである。舞台の上で強烈なスポットライトを浴びているとき、観客席の暗闇が見えなくなるように、今この瞬間に完全に集中していれば、過去も未来も見えなくなるはずなのだ。

いつか完璧な条件が揃う日など永遠にやってこない。私たちにできることは、過去の出来事に意味づけをして言い訳を探すことでも、見えない未来の結末をコントロールしようとすることでもない。ただ目の前にあるいま、ここという瞬間に強烈なスポットライトを当て、真剣に踊り切ることだけである。その積み重ねこそが、振り返ったときにあなただけの人生の軌跡となっているのだ。

いつかではなく今日という日を踊り切れるか

あなたが未来の成功のために先送りしているその喜びや充実感は、本当にいつか回収できる保証があるのだろうか。私たちが後悔のない豊かな人生を送るためには、未来のための準備という名の現実逃避を完全に打ち砕き、今ここにある仕事や生活のプロセスそのものに完全に没頭するマインドセットが不可欠である。

未来の不確かな報酬のためではなく、今の活動そのものに喜びを見出すための具体的な知見として、意識が対象に完全に溶け込むフロー状態が人間の幸福を最大化することを証明した世界的名著、ミハイ・チクセントミハイの『フロー体験 喜びの現象学』へと手を伸ばしてみてはどうだろうか。いつか訪れる幻想の未来を待つのはやめ、今日という日を真剣に踊り切ってみてほしい。いま、ここを生き切ったとき、それがあなただけの本番の人生の始まりだ。

『嫌われる勇気』シリーズ (全6回)

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