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消えた「オイルレベルゲージ」の謎。ベンツが奪った私たちの魂【『Shop Class as Soulcraft』1/3】

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ボンネットの下の「パターナリズム」

政治哲学の博士号を持ちながら、シンクタンクの高給職を捨ててバイク修理工となった異色の哲学者、マシュー・クロフォード(Matthew B. Crawford)。彼の全米ベストセラー『Shop Class as Soulcraft: An Inquiry into the Value of Work』(未邦訳)は、ある「不吉な変化」への告発から始まる。 それは、彼が修理工場で目撃した、最近のメルセデス・ベンツのエンジンの話だ。

かつて、車のボンネットを開ければ、そこには機械の鼓動があった。そして、エンジンの健康状態(オイルの量)を確認するための黄色いリング、「レベルゲージ(ディップスティック)」が必ず存在した。だが、今の高級車からそれが消えている。物理的な棒は排除され、ユーザーは自分の目で確認する術を持たない。代わりにどうするか? ダッシュボードのスクリーンに「Service Required(要点検)」という無機質な文字が表示されるのを、ただ待つのだ。 クロフォードはこれを、単なる利便性の向上とは見ない。メーカーによる「パターナリズム(父権的温情主義)」の発露だと断じる。「お客様は難しいことを考えなくていい。我々が全て管理してあげるから、ただ金を払って乗っていればいい」。そこにあるのは、ユーザーを対等な機械の管理者としてではなく、保護すべき「無知な子供」として扱う、傲慢な親切心である。

「便利」という名の檻

この傾向は車に限らない。ボンネットを開けても黒いプラスチックのカバーがあるだけ。家電製品のネジは特殊な形状をしており、普通のドライバーでは開けられない。現代のエンジニアリング文化は、「仕組みを隠すこと(Hide the works)」に執心している。

彼らは言う。「お客様の手を煩わせたくないのです」。もちろん、これには二つの側面がある。一つは、修理やメンテナンスを自社工場に囲い込むための、ちゃっかりした収益化戦略。そしてもう一つは、「素人が中途半端に手を出して、状況をこれ以上悪化させないようにする」という、彼らなりの善意(リスク管理)だ。最近の車は高度に電子制御されている。生半可な知識で触れば、命に関わる事故につながりかねない。彼らの言い分も、理屈としては正しい。 だが、待ってほしい。我々は自動車免許を持っている。それは最低限の運行前点検ができる知識と責任を有しているという証明ではなかったか? 「あなたは免許を持っているが、信用はしていない」。レベルゲージの廃止が突きつけているのは、そういう無言のメッセージだ。

抽象的なオフィスより、油まみれのガレージ

著者がワシントンのシンクタンクという「知的」な職場を捨ててまで求めたもの。それは「自分の行為が、目に見える結果として世界に作用する」という手応えだった。 オフィスでの仕事はどこまでも抽象的だ。「誰かのために」と言いながら、実際にはパワーポイントを作り、会議で空虚な言葉を交わすだけ。自分が何を生み出したのか、誰にも証明できない。

一方、修理工場は違う。動かないバイクがある。原因を突き止め、部品を交換し、調整する。するとエンジンがかかる。その結果は明白で、ごまかしが効かない。 クロフォードは説く。ブラックボックス化された世界において、自分の持ち物の「中身」を理解し、物理的に関与しようとする態度は、一種のレジスタンス(抵抗運動)だと。「便利さ」と引き換えに「主体性」を売り渡してはならない。我々には、自分の人生の操縦桿(そしてオイルゲージ)を握る権利があるのだから。

隠されたネジを探すための「三種の神器」

では、この管理社会に対する反逆をどこから始めるか。まずはブラックボックスを開け、「現実」に触れるための武器を揃えることだ。ただし、挑むならば敬意を持って、最高品質の道具を使わなければならない。精度の低い道具でネジ山を潰すのは、無知な破壊行為に過ぎないからだ。

第一に、ドライバー。私が愛用しているのは、スイスの老舗『PB SWISS TOOLS』のスイスグリップだ。吸い付くような精度と、濡れた手でも滑らないグリップ。このドライバーを使えば、固く閉ざされたネジも、まるで最初から緩んでいたかのように回る。それは機械との対話の始まりだ。

第二に、トルクレンチ。「感覚」という曖昧なものを「数値」に変えるツールだ。バイクや車の整備なら『KTC(京都機械工具)』、より精密な管理が必要なら『東日(Tohnichi)』、あるいは卓上のホビー用途なら『PROXXON(プロクソン)』を選べばいい。締め付け不足も、締めすぎによる破壊も防ぐ。それは自分の行為への責任の証だ。

第三に、ノギス。目の前のモノの厚みや径を、0.01ミリ単位で知る。私はコストパフォーマンスに優れた『豊光』のデジタルノギスを愛用している。 このノギスには驚くべきエピソードがある。世界最高峰の自動車レース「F1」の車検現場でも、豊光が採用されているというのだ。レース後の車体底の摩耗(削れ具合)を計測する際、たった1mmの違反で失格となり、数億円の賞金やチャンピオンシップが消滅する。その運命を分ける計測を支えているのが、この日本の道具なのだ。 世界を「なんとなく」ではなく、F1と同じ「厳格な寸法」で把握する。

これらの道具とともに、あなたはただの消費者から、世界の観察者へと進化する。ダッシュボードの警告灯を待つだけの人生を考え直すべきではないだろうか。自分の手でツールを握り、世界の手触りを取り戻すのだ。

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