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陰謀論という名の鎮痛剤【『ドッペルゲンガー』5/6】

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陰謀論者はただの愚かな人々だと思っていないか?

社会の裏側で闇の組織が世界を操っている。そんな映画のような陰謀論を真顔で語る人々をニュースで見るたび、私たちは彼らをリテラシーの低い愚かな人々だと嘲笑し、自分たちとは無縁の存在だと切り捨てている。タイパを極め、合理的なビジネスの世界を生き抜いている自分であれば、あのような荒唐無稽なフェイクニュースに騙されることなど絶対にあり得ないと確信しているのだ。

しかし、彼らをただの異常者として片付けてしまうことは、現代社会が抱える最も深く、残酷な病理から目を背ける行為に他ならない。彼らがなぜ、客観的な事実よりも突飛なファンタジーを信じ込むようになったのか。その背景にある圧倒的な絶望と疎外感を理解しない限り、私たちはいつまで経っても鏡の世界に広がる分断の真の姿を捉えることはできない。

真の絶望から目を背けさせる「鏡の世界」

『ドッペルゲンガー 鏡の世界への旅』著者でジャーナリストのナオミ・クラインは、人々が陰謀論に惹きつけられる根本的な原因は、情報リテラシーの欠如ではなく、現代の資本主義システムがもたらす構造的な暴力と痛みにあると鋭く指摘している。医療の崩壊、貧富の格差の拡大、そして一部の巨大企業による富の独占。これらは決して陰謀ではなく、私たちが生きる社会の極めて冷酷な現実である。

しかし、この退屈で複雑すぎる現実のシステムに立ち向かうことは、あまりにも無力感に満ちている。そこで鏡の世界のドッペルゲンガーたちは、この本物の絶望に耐えきれなくなった人々に対して、魅力的な代替現実を提示する。構造的な問題ではなく、特定の邪悪な個人や秘密結社がすべてを裏で操っているというシンプルでドラマチックな物語だ。陰謀論は、過酷な現実の痛みに耐えきれなくなった人々にとって、強力な代替現実として機能しているのである。

自己責任という残酷な呪縛

さらに彼らを陰謀論へと駆り立てているのは、現代社会を覆い尽くす強烈な自己責任論である。私たちは、努力さえすれば誰もが成功できるという能力主義の神話を信じ込まされてきた。このルールの下では、経済的に困窮し、社会から脱落した人々は、すべて努力が足りなかった自業自得の敗者として自己の尊厳を徹底的に破壊される

「自分が無能だから不幸なのだ」という自己否定の物語を内面化させられた人間が、それに耐え続けることは極めて難しい。だからこそ彼らは、自分が不遇なのは強大な悪の組織の陰謀のせいであり、自分はその真実に気づいた選ばれた戦士なのだという物語にすがりつくのだ。陰謀論に救いを求める行為は、能力主義というシステムによって人間としてのプライドを奪われた人々が、なんとかして自尊心を取り戻そうとする悲痛な自己防衛の手段に他ならない。

システムの残酷さを直視し、他者を理解できるか

冒頭の問いに戻ろう。鏡の世界に迷い込んだ人々を上から目線で嘲笑し、自己責任だと切り捨てる態度は、彼らをさらに強固な陰謀論の殻に閉じ込めるだけである。私たちが本当に戦うべき相手は、騙されている人々ではなく、彼らをそこまで追い詰めた冷酷な社会システムそのものである。

マイケル・サンデルによる『実力も運のうち』は、こうした鏡の世界の分断を乗り越えるための確かな視座を与えてくれる一冊だ。誰もが努力次第で成功できるという能力主義の嘘を暴き、勝者の傲慢さと敗者の絶望が社会を切り裂くメカニズムを解き明かしている。成功は自分の実力だけによるものではないという謙虚な視点を持つこと。その自覚だけが、自己責任論という呪縛を解きほぐし、他者への真の想像力を取り戻すための確かな道標となるはずだ。

『ドッペルゲンガー』シリーズ (全6回)

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