CULTURE
PR

あなたが信じている敵は本物か【『ドッペルゲンガー』2/6】

kotukatu
本ページはプロモーションが含まれています

あなたが信じている「敵」は本物か

私たちは、世界を右か左か、あるいは保守かリベラルかという単純な物差しで測れると信じている。自分たちが立っている場所は理性的で正しい陣営であり、対立する側は理解しがたい極端な思想の持ち主であるという前提だ。タイパを重視して情報を効率よく摂取しようとするほど、私たちはこうした分かりやすい二項対立の図式に頼り、複雑な現実を単純化して理解したつもりになってしまう。

しかし、コロナ禍という前例のない集団的ショックが、その二項対立の地図を根底から書き換えてしまった。政府の対応への不満、既存メディアへの不信感、そして先の見えない孤立と恐怖が爆発的に広がった結果、本来は対極にあるはずの人々が、奇妙な物語を共有するようになっていったのだ。たとえば、環境問題や身体の純粋さを重んじる左派寄りのオーガニック・ウェルネス層が、気づけば極右の陰謀論者と全く同じ主張をするようになっている。あなたが自分の陣営だと思っていた場所が、いつの間にか全く異なる思想に侵食されていることに、果たして気づけているだろうか。

『ドッペルゲンガー 鏡の世界への旅』著者でジャーナリストのナオミ・クラインは、こうした現実を、左右の境界線が消え去りあらゆる思想が歪んで映り込む「鏡の世界」と名付けた。

鏡の中で交差する「対角線」の正体

この「鏡の世界」現象を同氏は対角線(ダイアゴナリズム)を描くと指摘する。つまり、伝統的な右翼勢力と、本来は進歩的であるはずの層が、特定の不信感を共通項に、政治的スペクトルを斜めに横切って結びつく不気味な連帯である。かつては個人の健康や環境保護を訴えていた人々が、いつの間にか過激な国家主義や科学否定の物語に同調し、かつての自分とは全く別の思想の持ち主へと変貌していく。

同氏によれば、彼らを結びつけるのは論理的な一貫性ではない。政府、巨大企業、既存メディアという巨大な権力に対する強い被害者意識こそが、強力な接着剤となっている。自分たちは隠された真実を知っており、邪悪な力によって支配されているという強烈な物語を共有したとき、本来交わるはずのなかった極端な思想同士が、鏡の世界で巨大なうねりを生み出すのだ。この対角線上の連帯こそが、現代社会の分断を深める最も予測不可能なエネルギーの源泉となっている。

なぜ真実よりも納得が選ばれるのか

なぜ、理性的であるはずの人々が、荒唐無稽に見える陰謀論の渦に飲み込まれてしまうのか。それは、鏡の世界が提供する物語が、既存のメディアが提示する複雑で解決不能な真実よりも、はるかに個人の感情を納得させる力を持っているからだ。情報の大洪水の中でタイパを求める人々にとって、悪の首謀者が全てを操っているというシンプルな悪役論は、思考にかかるコストを劇的に下げてくれる魅力的なコンテンツとして機能する。

鏡の世界の住人たちは、既存社会から無視された人々の不安や疎外感を巧妙にすくい上げる。彼らは歪んだ事実を並べ立てるが、その根底にはあなたの不安は正しいという、社会が捨て去った共感のメッセージが含まれている。真偽の判定よりも先に感情が同調してしまったとき、人間はどれほど不合理な物語であっても、それを自らのアイデンティティの一部として深く取り込んでしまうのである。

思考の死角を自覚するフィルターを持てるか

冒頭の問いに戻ろう。あなたが信じている情報の正しさは、単なる認知の歪みによって作られた心地よい納得感に過ぎないのではないか。陰謀論という鏡の世界に引きずり込まれないためには、外部の情報を疑う以上に、自分自身の脳が持つ騙されやすさというバグを徹底的に自覚しなければならない。感情に訴えかける分かりやすい物語に出会ったときこそ、私たちは一度立ち止まり、その裏にあるバイアスを点検する必要がある。

自らの知覚を鍛え直すための確かな一冊として、人間の思考が陥りやすいエラーを網羅的に解き明かした『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』へと手を伸ばしてみてはどうだろうか。なぜ人は都合の良い情報だけを信じてしまうのか、そのメカニズムを静かに見つめ直してみること。センセーショナルなニュースに感情を揺さぶられたとき、自分自身の認知の歪みを疑う習慣だけが、鏡の世界の狂騒から適度な距離を保ち、あなたの理性を守り抜くための確かな防波堤となるはずだ。

『ドッペルゲンガー』シリーズ (全6回)

何者かになるためのブランディングという病【『ドッペルゲンガー』1/6】
何者かになるためのブランディングという病【『ドッペルゲンガー』1/6】
他人の欠点ばかりが気になっていないか【『ドッペルゲンガー』3/6】
他人の欠点ばかりが気になっていないか【『ドッペルゲンガー』3/6】
その正義感は誰に操作されているか【『ドッペルゲンガー』4/6】
その正義感は誰に操作されているか【『ドッペルゲンガー』4/6】
陰謀論という名の鎮痛剤【『ドッペルゲンガー』5/6】
陰謀論という名の鎮痛剤【『ドッペルゲンガー』5/6】
個人の殻を破り連帯できるか【『ドッペルゲンガー』6/6】
個人の殻を破り連帯できるか【『ドッペルゲンガー』6/6】
Recommend
こちらの記事もどうぞ
記事URLをコピーしました