その正義感は誰に操作されているか【『ドッペルゲンガー』4/6】
ネットの怒りは自然発生だと思っていないか
私たちは日々、スマートフォンを開くたびに目に入ってくる社会の不条理や、誰かの非常識な振る舞いに対して強い怒りを感じている。そして、その怒りを共有し、誤った人間を正すための発信をすることは、正義感に基づく自発的で正しい行動であると信じて疑わない。タイパを極める現代人は、ニュースの背景を深く読み解く代わりに、わかりやすい怒りの対象を見つけて素早く反応することで、社会に参加した気になっている。
しかし、あなたが感じているその怒りは、本当にあなた自身の内側から自然に湧き上がってきたものだろうか。毎日決まったように新しい標的が設定され、タイムライン全体が同じ方向に怒りの声を上げるという現象は、どう考えても不自然である。私たちが自発的だと思い込んでいるその義憤は、実は見えない誰かによって意図的に設計され、引き出された感情の反射に過ぎないのではないか。
憎悪を金に換える「鏡の世界」のシステム
『ドッペルゲンガー 鏡の世界への旅』著者でジャーナリストのナオミ・クラインは、現代のデジタル空間が、私たちの最も原始的な感情である怒りや恐怖を燃料にして稼働する巨大な搾取システムであると指摘している。鏡の世界を構築している巨大テック企業のアルゴリズムにとって、真実が広まるかどうかは全く重要ではない。彼らの唯一の目的は、ユーザーの関心をデータとして抽出し、画面の前に一秒でも長く釘付けにすることである。
そして、人間の注意力を最も効率よくハックし、確実に行動を起こさせるトリガーこそが「他者への怒り」なのだ。アルゴリズムは、私たちが何に不快感を抱くかを過去のデータから正確にプロファイリングし、最も感情を逆撫でするコンテンツを精密に狙い撃ちしてくる。私たちが正義感から敵を非難し、タイムラインで激しい論争を繰り広げているとき、鏡の世界の支配者たちはそのエンゲージメントという名の熱狂を、莫大な広告収益へと静かに変換し続けているのである。
怒りの連鎖が思考力を奪っていく
この怒りの経済システムに組み込まれることの最も恐ろしい副作用は、私たちから複雑な問題を深く思考する能力を奪い去ってしまうことだ。怒りという感情は、脳に強い刺激を与え、一時的な全能感や高揚感をもたらす。しかし、その刺激に慣れてしまうと、私たちは退屈で解決の難しい現実の問題には向き合えなくなり、より強烈でわかりやすい対立構造ばかりを求めるようになる。
同氏が描く鏡の世界の住人たちや、過激な陰謀論に染まる人々も、初めから異常だったわけではない。彼らはただ、アルゴリズムが提供する終わりなき怒りと恐怖のエンターテインメントに知らぬ間に依存状態に陥り、現実世界との接点を少しずつ失っていっただけなのだ。私たちは、誰かを叩くという手軽な娯楽と引き換えに、自分の人生をコントロールするための貴重な認知能力をシステムに差し出しているのである。
怒りの経済からログアウトし、脳を守れるか
冒頭の問いに戻ろう。あなたが画面の向こうの誰かにぶつけているその正義感は、あなた自身の思考力を破壊し、企業の利益を押し上げるための無料の労働力として利用されているだけである。私たちがこの不毛な分断の世界から抜け出すためには、怒りを煽る情報環境から意図的に距離を置き、自らの感情の主導権をシステムから奪い返さなければならない。
精神科医のアンデシュ・ハンセンによる『スマホ脳』は、そのための道標となる一冊だ。人間の脳がどれほど最新のテクノロジーに脆弱であり、私たちの集中力と感情がいかにして操作されているかを医学的な視点から暴き出している。アルゴリズムの搾取構造を深く理解し、無自覚な怒りの連鎖から意図的にログアウトすること。その静かな決断だけが、鏡の世界の支配から自らの知性を守り抜くための確かな防波堤となるはずだ。
『ドッペルゲンガー』シリーズ (全6回)




