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「お客様は神様」の終焉。AIがあなたの「正解」を勝手に決める日【『ホモ・デウス』5/6】

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あなたの「投票」には、もはや何の意味もない

私たちは学校で「有権者は一番よく知っている」「お客様は神様だ」と教わってきた。個人の自由な感情や意思こそが、政治や経済における最高権威だという「自由主義(リベラリズム)」の教義だ。しかし、『ホモ・デウス』においてユヴァル・ノア・ハラリは、この神話が賞味期限切れだと宣告する。

理由は単純だ。かつては政府や企業よりも、個人の方が自分の利益について知っていた。だから一人一票の投票や、個人の自由な買い物が合理的だった。だが、GoogleやFacebookがあなたの生体データや行動履歴を全て把握し、あなた自身よりも深くあなたの欲望や政治的傾向を理解してしまったら?

「私のことは私が一番知っている」という前提が崩れた瞬間、民主主義選挙は茶番になる。AIが「あなたの性格と今の経済状況なら、この候補者に投票するのが数学的に正解です」と教えてくれるなら、わざわざ自分で考えて投票所に行く意味はあるだろうか。私たちは自由を奪われるのではなく、あまりの便利さに負けて、喜んで自由をAIに譲渡することになるのだ。

「おすすめ」に従うだけの人生は、誰のものか?

この未来の兆候は、すでに私たちのポケットの中にある。Amazonで本を買うとき、Netflixで映画を観るとき、私たちは自分の「直感」よりも、アルゴリズムの「おすすめ」を信頼し始めている。「あなたが興味を持ちそうな商品はこれです」と言われると、ついクリックしてしまう。これは、自分の内なる声を聞く能力が退化し、外部のデータ処理に依存し始めている証拠だ。

著者は、この傾向がさらに進むと、進学、就職、結婚といった人生の重大事までアルゴリズムに委ねるようになると予測する。「統計的に離婚率が低い相手」をAIがマッチングしてくれるなら、わざわざリスクを冒して情熱的な恋に落ちる必要はない。失敗のない、最適化された人生。しかし、他人の(正確にはAIの)敷いたレールの上を完璧に走るだけの人生に、果たして「生きる意味」はあるのだろうか。

自由主義から「データ教」への改宗

ハラリは、今後世界は「自由主義」から「データ至上主義(データ教)」へと移行すると説く。そこでは、個人の自由な体験よりも、情報をデータとしてシステムに接続することに最高の価値が置かれる。

美味しいランチを食べたとき、その味を噛み締めることよりも、写真を撮ってインスタグラムにアップし、データとして共有することの方が重要視される現象。これは私たちが無意識のうちに、人間中心の価値観を捨て、データ中心の価値観へと「改宗」しつつあることを示している。

「シェアしない体験には価値がない」。そう思い始めたら、あなたはもう立派なデータ教の信者だ。自分の感覚よりも、サーバー上の「いいね」の数を信じるようになったとき、人間はシステムの主役から、単なる「データ作成チップ」へと転落する。

「アルゴリズムお断り」の領域を持てるか

この巨大な流れに抗うには、強烈な意志が必要だ。それは「非合理」であることへの勇気とも言える。アルゴリズムが「こっちが近道です」と指し示す方向を無視し、あえて遠回りをして迷子になる。AIが「この本はあなたの好みではありません」と警告する難解な書物を手に取る。

データに基づかない、非効率で、失敗するかもしれない行動。それこそが、アルゴリズムには予測不可能な「人間性」の聖域だ。そのためには、時にはデジタルデバイスを全てシャットダウンし、モレスキンのノートブックのようなアナログな紙に、誰にも見せない自分の思考をペンで書き殴ってみるのもいい。

クラウドに吸い上げられない、あなただけの「圏外」の思考。その非効率な時間だけが、データ教の支配から逃れ、あなたがあなた自身の主導権を取り戻す唯一のシェルターとなるだろう。

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