あなたの肩には「サル」が乗っている。依存症ビジネスが狙う脳のバグ【『不道徳な見えざる手』5/6】
「二人のあなた」が戦っている
なぜ私たちは、体に悪いと知りながら夜更かしをし、暴飲暴食をし、ギャンブルに手を出してしまうのか。どれほど固い決意をしても、なぜ三日坊主で終わってしまうのか。『不道徳な見えざる手』の著者アカロフたちは、人間の中には常に「二人の人物」が同居していると説明する。
一人は、健康的で賢明な将来を考え、予算を守ろうとする理性的な「人間」。もう一人は、今すぐ快楽を欲しがり、衝動的な行動をとる「サル」だ。 この「サル」は、私たちの肩に乗っていて、常に耳元で囁く。「一杯くらいいいじゃないか」「あと一回回せば当たるかもしれない」「ダイエットは明日からでいい」。私たちが「意志が弱い」と嘆くとき、それは単にサルが主導権を握り、人間がハンドルを奪われた状態を指しているに過ぎない。
市場は「サル」を標的にする
自由市場の最大の問題点は、企業が「人間」ではなく、この「サル」をターゲットにビジネスを設計していることだ。彼らにとって、賢明な人間は金にならない。衝動的で、後先考えずに金を使うサルこそが、最高の上客(カモ)だからだ。
スロットマシンの光と音の演出、スマホゲームのガチャ、SNSの「いいね」通知。これらはすべて、サルの報酬系を直接刺激するために開発されたテクノロジーだ。アルコール産業やタバコ産業はもちろん、食品業界でさえ「やめられない止まらない」味付けを科学的に追求している。彼らはサルにバナナを与え続け、飼い慣らし、財布の紐を握らせる。あなたが理性的であろうとすればするほど、市場はより強力なバナナを用意して対抗してくる。これは個人の意志力と、数兆円規模の産業との戦争なのだ。
疲労は「サル」の餌になる
この非対称な戦いで、人間が最も不利になる瞬間がある。それは「疲れているとき」だ。行動経済学では「自我消耗(Ego Depletion)」と呼ばれるが、意志力は筋肉と同じで、使えば使うほど消耗する有限のリソースだ。
仕事で決断を繰り返し、ストレスに晒されると、夕方には「人間」のエネルギーは枯渇する。この瞬間こそ、サルの独壇場だ。「今日は頑張ったから」という免罪符と共に、サルは暴走を始める。コンビニのホットスナック、深夜のネットサーフィン、衝動買い。市場は、あなたが疲れる時間を知っている。だから夜になると、より魅力的な「釣り針」を垂らしてくるのだ。深夜の通販番組が売れるのは、視聴者が馬鹿だからではない。視聴者の「人間」が眠り、「サル」が起きているからだ。
データで「人間」を覚醒させろ
サルを黙らせる唯一の方法は、精神論ではない。生物学的な管理だ。自分のHP(意志力)がどれだけ残っているか、可視化できているだろうか? 私は自分の感覚を信用していない。だから、指輪型の健康トラッカー『Oura Ring』はかなり有効なお助けアイテムだ。
この指輪は、睡眠の質、ストレスレベル、そして「コンディション(回復度)」を数値化してくれる。スマホのアプリが「今日の回復度は低い」と警告したら、それは「サルが暴れやすい状態」であるという緊急警報だ。 その日は重要な決断を避け、早く寝る。酒も控える。自分の生物学的なステータスを客観視することで、「人間」側の理性を強制的に再起動させる。市場がサルをハックしようとするなら、私たちはテクノロジーで「人間」をハックし返すしかないのだ。