港から消えた「生活の匂い」
【コンテナ登場前】汗とスパイスの街
マーロン・ブランド出演の映画『波止場』の世界を思い出してほしい。1950年代までのアメリカの港は、単なる物流拠点ではなく、街そのものだった。マンハッタンの通りを歩けば、焙煎工場から漂うコーヒーの香ばしい匂い、スパイスの刺激臭、そして腐りかけの果物の甘い匂いが鼻をついた。
そこは「究極の職住近接」の世界だ。道路が貧弱だった当時、工場は港から離れることができなかった。だから、匂いの主であるコーヒー焙煎所やスパイス倉庫はもちろん、南米から届く果物を加工する工場、砂糖精製所、そして印刷所に至るまで、あらゆる製造業が桟橋の向かい側にへばりついていた。
船から降ろされた荷物は、その場で男たちの手によって担がれ、通りの向こうの工場へと吸い込まれていく。何千人もの沖仲仕(スティーブドア)が怒鳴り合い、トラックがクラクションを鳴らす。そこには、危険だが確かな「人間の体温」があった。かつて人々は、世界の裏側と「匂い」でつながっていたのだ。
【コンテナ登場後】静寂とアスファルト
しかし、コンテナがその全てを消し去った。今の港(例えばニュージャージーのポート・ニューアーク)に行ってみるといい。そこはもはや街ではない。見渡す限り、無機質なまでに理路整然と並べられた「コンクリートの平原」が広がっている。
かつてのような甘い香りも、男たちの怒号もしない。聞こえるのは風の音と、トレーラーのエンジン音、そして遠くでクレーンが動く重たいモーターの唸りだけ。広大な敷地に数万個の鉄の箱が幾何学的なグリッド(格子状)を描いて並び、人間は空調の効いた管理室に閉じこもっている。港は「生活の場」から、部外者立入禁止の「セキュリティ・ゾーン」へと変わった。そこにあるのは情緒ではなく、完璧に計算された「物流」という名の冷たい数式だけだ。
なぜ港は死んだのか?
なぜ、賑やかなマンハッタンの港は死に、殺風景な郊外の港が勝ったのか? 答えは単純だ。コンテナという流通に革命を起こした怪物が、あまりに「場所を取りすぎた」からである。
コンテナ船をさばくには、サッカー場数十面分にも及ぶ、広大で平坦な土地が必要になる。数千台のトレーラーが走り回り、巨大なクレーンが移動するためのスペースだ。狭苦しいマンハッタンの路地裏や、古い桟橋にそんな場所はない。
だから、物流は街を捨てた。賑やかな通りや工場の隣であることを諦め、土地の安い郊外の埋立地や湿地帯へと逃げ出したのだ。さらに、かつて何週間もかけて数千人の筋肉で運んでいた荷物は、今やほんの数人のオペレーターによって数時間で処理される。「渋滞」と「人混み」という非効率が消えた代わりに、港から「活気」という魂も抜け落ちてしまった。こうして、私たちの街から海の匂いは消滅したのだ。
今日のコツ:退屈な「完璧」の背景を知っておく
誤解しないでほしい。私はAmazonが大好きだし、翌日に荷物が届くこの世界最高のエコシステムを手放す気などさらさらない。 今の港がつまらないのは、それだけ物流が「完璧」に進化した証拠だ。インフラというのは、優秀であればあるほど無機質で退屈になるものだ。
だが、単にシステムにぶら下がるだけの「消費者」でいてはいけない。 なぜなら、高度に効率化されたシステムほど、ひとたび何かが狂えば脆(もろ)いからだ。スエズ運河で船が一隻詰まっただけで、世界中の棚が空になることを思い出してほしい。 その時、仕組みを知らない人間はただパニックになるしかない。この静寂な箱がどう世界を回しているのか。その背景と構造を理解した上で、この無機質な怪物を使いこなすこと。それが、現代を生きる我々の流儀だ。
