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高級車に乗る男は誰からも見られない。RichとWealthの決定的違い【『サイコロジー・オブ・マネー』1/3】

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金貨を海に投げ込む「天才」と清掃員

『サイコロジー・オブ・マネー』の著者のモーガン・ハウセルが学生時代、ロサンゼルスの高級ホテルで駐車係のアルバイトをしていた頃の話だ。そこには、ある常連客の「天才」がいた。 彼は若くしてWi-Fiルーターの主要部品を設計し、特許を持つIT企業の幹部で、莫大な富を築いていた。だが、彼の金への態度は、控えめに言っても「幼稚なバカ」そのものだった。 彼は数インチの厚さの札束を持ち歩き、ある日、同僚に数千ドルを渡して「1,000ドル金貨を買ってこい」と命じた。そして、その金貨を海に向かって水切りのように投げ込み、誰が一番遠くまで飛ばせるかを競って狂ったように笑っていた。

この物語のオチは想像通りだ。彼は2008年のリーマンショックですべてを失い破産した。金貨を海に投げるような金銭感覚と、レバレッジを効かせた無理な信用取引が彼を破滅させたのだ。

この愚かな天才と対照的に描かれるのが、ロナルド・リードという名の清掃員だ。彼はその生涯をデパートの掃除夫やガソリンスタンドの店員として働き、誰からも注目されずひっそりと死んだ。 だが死後、彼の遺産はなんと800万ドル(約12億円以上)もあったことが発覚する。魔法を使ったわけではない。彼は倹約し、浮いた金を優良株に投資し、ただ数十年放置して複利を味方につけただけだ。

「車の中の男」のパラドックス

ここから著者が導き出す教訓は、残酷なほどシンプルだ。「お金の持ち方(ファイナンス)」は、知能の高さとは何の関係もない。それは「行動」の問題だ。

著者のモーガン・ハウセルは「マシーン・イン・ザ・カー・パラドックス(車の中の男のパラドックス)」という鋭い概念で、我々の痛いところを突いてくる。 フェラーリに乗って街を流す男は、「みんなが俺を見て、俺の成功を称賛している」と信じている。だが、それは悲しい勘違いだ。歩行者はドライバーなど見ていない。彼らが見ているのは「高級車」だけだ。 歩行者は「私があの高級車に乗ったらカッコいいだろうな」という、彼ら自身の欲望を投影しているに過ぎない。

つまり皮肉なことに、自分の承認欲求を満たすために買った数千万円の鉄塊は、所有者を「透明人間」にする装置として機能しているのだ。

Rich(金持ち)とWealth(富)は違う

これら極端なエピソード比較から学ぶことは、我々が目指すべきは「Rich(金持ち)」ではなく「Wealth(富)」であるべきということだ。

Richとは、年収が高いことや、フェラーリや豪邸を持っていることだ。つまり「目に見える」。極論、借金をしてでもフェラーリを買えば誰でも明日からRichになれる。

一方で、Wealthとは「目に見えない」。それは、まだ使われずに保存された「選択肢(オプション)」のことだ。 Wealthの本質は預金残高の数字ではなく、嫌な仕事にNOを言い、好きな時に好きな場所へ行けるという「時間のコントロール権」に他ならない。 フェラーリを買うために自由を売るのか、それとも自由を確保するためにフェラーリを諦めるのか。このトレードオフを理解した者だけが、金貨を海に投げる愚か者から卒業できる。

富を隠す「薄い財布」の美学

本当の富裕層は、富をひけらかさない。彼らはロゴだらけのブランド品を避け、シンプルで上質なものを好む。 そんな「Wealth」の精神を体現するアイテムとして、私は『Bellroy(ベルロイ)』の財布を推奨する。

オーストラリア発のこのブランドは、「財布を薄くする」ことに命をかけている。現金やカードをパンパンに詰め込んで見せびらかすのは、Rich(成金)のやることだ。 必要最小限のカードと紙幣を、驚くほどスリムに収納する。ポケットに入れてもシルエットを崩さない。 「私は多くを持っているが、それを見せる必要はない」。この財布を使うことは、承認欲求という名の貧乏神に対する、無言の勝利宣言なのだ。

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