「お金」は、人類史上最も成功した「嘘」である
チンパンジーには「お金」の価値はわからない
サピエンスとチンパンジーの決定的な違いは何か。道具を使うことでも、知能が高いことでもない。それは「実在しないもの」について語り、それを大勢で信じる能力――「認知革命」にある。ハラリは、人類が食物連鎖の頂点に立てたのは、虚構(フィクション)という共通の言語によって、見知らぬ者同士が数万人規模で協力できるようになったからだと喝破する。
例えば、チンパンジーに「死後にバナナが無限にもらえる楽園に行けるから、今持っているそのバナナをくれ」と言っても、彼らは決して首を縦に振らない。しかし、人間は「神」や「天国」という虚構を信じることで、見ず知らずの人と協力してピラミッドを建て、戦争を行う。我々の文明を支える国家、宗教、法律、そして「自由」や「人権」までもが、実はサピエンスの頭の中にしか存在しない共通の物語(共同主観的現実)なのだ。
1万円札という「紙切れ」が持つ魔力
この「虚構」の力に最も依存しているのが、我々の経済だ。財布の中にある1万円札をよく見てほしい。それは単なるインクの付いた紙切れであり、食べることも、雨を凌ぐこともできない。チンパンジーにとってはゴミ同然だ。しかし、我々は「この紙には1万円の価値がある」という物語を、中央銀行と国民全員で共有している。
この「信頼」という名の虚構が共有されている限り、私たちは見知らぬ他人と取引ができ、世界規模の経済網を築くことができる。お金は人類史上、最も寛容で最も効率的な「嘘」なのだ。もし明日、全員がこの物語を信じるのをやめれば、世界中の富は一瞬にしてただの紙屑とデジタルデータの羅列に戻る。我々は、自らが生み出した物語の中で生きているのである。
伝説とブランドが企業を動かす
現代のビジネスもまた、この認知革命の延長線上にある。例えば「プジョー」という会社を考えてみよう。工場の建物が壊れ、社員が全員辞めても、法的な手続き(これも虚構だ)が残っている限り、プジョーという会社は「存在」し続ける。法人という概念も、サピエンスが協力しやすくするために発明した強力な物語の一つに過ぎない。
あなたが熱狂するブランドや、忠誠を誓う国家も、物理的な実体はない。それらはすべて、集団的な想像力によって維持されている「伝説」だ。この事実を理解することは、冷笑的になるためではなく、我々がいかに「物語」に突き動かされる生き物であるかを自覚するために不可欠である。
物語の作者は、いつだって我々だ
土曜日の朝、ニュースやSNSに並ぶ「国家の危機」や「経済の動向」といった言葉を眺めながら、思い出してほしい。それらはすべて、サピエンスが作り上げ、維持している壮大なフィクションの一部だ。物語に振り回されるのではなく、その構造を理解し、どの物語を信じるかを選択する。
サピエンスが最強の捕食者になれたのは、物語を共有できたからだ。しかし、その物語が我々を幸福にするかどうかは、別の問題である。今日という日をどんな「物語」として生きるか。そのペンを握っているのは、他ならぬあなた自身なのだ。