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15ドルのドレスに潜む「奴隷」。なぜその服は水より安いのか【『ファストファッション』3/3】

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15ドルのドレスの正体

タイトルにある「15ドル(約2,200円)」というのは、エリザベス・L・クラインが著書『ファストファッション』を執筆した2012年当時の象徴的な数字だ。今の日本で言えば、しまむらのワゴンセールやGUの値下がりコーナーにある、1,650円のドレスや990円のジーンズといったところだろう。

これらの服を見かけたとき、我々は「いい買い物をした」と思う。だが、少し立ち止まって電卓を叩いてみてほしい。 生地代、輸送費、関税、店舗の家賃、店員の給料、そして企業の利益。これらすべてを差し引いても、なおセール価格で売れるとしたら、その服を縫った人間にはいくら支払われているのか? 答えは「タダ同然」だ。2026年現在、先進国の縫製工場の時給は最低でも約2,500円はある。対して、バングラデシュの労働者の時給はいくらか。賃上げがあったとはいえ、いまだ約80円前後だ。この30倍以上の格差こそが、グローバル企業が生産拠点を移し続ける唯一の理由だ。

底辺への競争(Race to the bottom)

著者はドミニカ共和国の「アルタ・グラシア」という工場を訪れる。ここは労働者に「生活賃金(人間らしい生活ができる給料)」を支払う画期的な工場だ。その額は、現地の最低賃金の約3.5倍にも達する。

驚くべきは、その販売価格だ。 人件費をこれほどかけているにもかかわらず、この工場のTシャツの値段は、隣の過酷な工場で作られた大手ブランド品とほとんど変わらなかったのである。

これは何を意味するか? 衣服の原価において、縫製工賃が占める割合はもともと「誤差」レベルに過ぎないということだ。大手ブランドは、今の利益構造を崩さずとも、まともな給料を払う余力が十分にある。だが、大手ブランドはそうしない。

なぜなら株式会社の主人は「株主」であり、利益は「最大」でなければならないからだ。少しでも人件費が上がれば、彼らは容赦なく工場を切り捨て、より安い国へと移動する。各国も工場誘致競争のために労働規制を緩め合う。これを経済学者は「底辺への競争(Race to the bottom)」と呼ぶ。

「先進国の正義」が招く悲劇

では、私たちは不買運動をすべきだろうか? ここに冷厳なジレンマがある。 1990年代、児童労働批判による不買運動の結果、工場を解雇された子供たちは学校へ戻ったわけではなかった。より危険な仕事や、売春、ゴミ拾いへと追いやられ、以前より悲惨な状況に陥ったのだ。

先進国から「搾取反対」と叫ぶのは簡単だ。だが、グローバル企業は搾取者であると同時に、現地に現金をもたらす数少ない雇用主でもある。この「最悪の中の最善(The best of a bad bunch)」という現実を無視して、正義だけを振りかざすのは危険だ。答えは「買うな」という単純なものではない。

タグの裏側を想像する「居心地の悪さ」

我々にできることは、思考停止しないことだ。 タグの「Made in Bangladesh」の文字を見たら、一瞬だけ想像力を働かせてほしい。その服がどんな手によって縫われ、その賃金が彼らの生活をどう支え、あるいはどう搾取しているのか。 その複雑なトレードオフを飲み込んだ上で、私たちはどう振る舞うべきか。

一つの解は、消費のスピードを落とすことだ。安物を大量に買うのではなく、質の良い服を長く着る。そのために私が愛用しているのは、英国王室御用達『G.B.KENTの洋服ブラシだ。少し値段はするが、安物とは雲泥の差の性能だ。カシミヤやウールのコートのみならず、普段着る服などでも、着用後にこれでブラッシングすれば、繊維の奥の埃が取れ、毛並みが整い、きれいな状態が驚くほど長持ちする。

安易に買い替えるのではなく、今ある服を慈しみ、賢い買い物をする。その「手間」と「賢い選択」こそが、残酷ではあるが、”合理的な”消費システムを変革させていく。それが私たち個人ができる精一杯の抵抗ではないだろうか。

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