レビュー・紹介

ジョブズはなぜ「自分の商品」を子供に与えなかったか

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シリコンバレーのパラドックス

「あなたの家では、お子さんたちはさぞかしiPadを気に入っているんでしょうね?」 2010年、iPadが発売され、世界中がこの「魔法の板」に熱狂していた最中、ある記者がスティーブ・ジョブズにこう尋ねたそうだ。 ジョブズの答えは、記者を凍りつかせたかもしれない。 「彼らはiPadを使っていない。家では子供たちのテクノロジー使用を厳しく制限しているからね」

この有名なエピソードは、シリコンバレーのパラドックスとしてよく語られる。 なぜ、デジタル世界の創造主は、自分の子供をその世界から遠ざけようとしたのだろうか。 それは、彼らこそが、その美しく艶やかなデバイスがどれほど強力に人の心を惹きつけ、時には没頭させすぎてしまうかを、誰よりも深く理解していたからなのかもしれない。

カル・ニューポート著『デジタル・ミニマリスト』は、そんなテクノロジーの「魅力」と「副作用」の関係を紐解くところから始まる

ポケットの中のスロットマシン

その「魅力」の正体とは何か。

著者は、元Googleの「デザイン倫理学者」であるトリスタン・ハリスの指摘を引用し、そのメカニズムを解説する。 スマホの画面を下に引っ張って離す「プルダウン・トゥ・リフレッシュ」という動作を思い出してほしい。指を離した瞬間、くるくるとアイコンが回り、一瞬の「タメ」があってから新しい画面が表示される。 ハリスによれば、あれは技術的な読み込み時間ではなく、スロットマシンのドラムが回転する「演出」そのものだという。

「何か新しい通知(当たり)が来ているかな?」 と指を離すその瞬間、我々の脳内ではギャンブラーと同じことが起きている。 毎回必ず「当たり」が出るなら、人はすぐに飽きてしまう。逆に、絶対に当たらないなら、すぐに見切りをつける。 だが、スマホは違う。「時々、忘れた頃に当たる」のだ。 この「もしかしたら次は」という予測不能な「焦らし」こそが、脳にとって最も強力な報酬(ドーパミン)となり、動物をその場から離れられなくしてしまう。

心理学で「間欠的な強化」と呼ばれるこの習性を、シリコンバレーの天才たちは熟知している。丸腰の我々が「意志の力」だけで対抗しようとするのは、あまりに分が悪い戦いではないだろうか。

「自転車」か、「ランニングマシン」か

かつてジョブズは、コンピュータを**「知性の自転車(Bicycle for the mind)」**と呼んだ。 自転車は素晴らしい道具だ。目的地へ速く連れて行ってくれるが、乗らない時はガレージで静かにしている。勝手に走り出して「乗れ!」と急かしたりはしない。

しかし、現在のスマホアプリはどうだろうか。 アプリ経済圏(アテンション・エコノミー)の収益源は、我々の「滞在時間」そのものだ。ゆえに彼らは、通知という名の鞭を使って、我々を画面という「ランニングマシン」の上で走らせ続けようとする。 GoogleマップやUberは、確かに現代の魔法だ。しかし、魔法を使っているつもりで、実は「魔法使い(アプリ開発者)に魔力(時間と注意)を吸い取られている」という構図になっていないだろうか。

便利さを手放す必要はない。というよりも、もはやそれは不可能だ。 だが、「主人はどちらなのか」という問いを投げかける価値はあるはずだ。 もしその答えが「自分ではない」と感じたなら、終わりのないランニングマシンから降りて、再び「知性の自転車」にまたがる時だ。 自分の行きたい場所がある時だけペダルを漕ぐ。それこそが、道具との本来あるべき健全な主従関係なのだから。

今日のコツ:小さなクーデターのすすめ

もし、現状の主従関係に違和感を覚えるなら、小さなクーデター(反乱)を提案したい。 例えば、「人間からの緊急連絡以外、すべての通知をオフにする」という実験だ。

実験中は、ニュース速報が世界の変化を告げても、SNSで友人がランチの写真を上げても、アプリの更新通知があっても、あなたのポケットは沈黙したまま。 最初は「何か重要なことを見逃しているのではないか、取り残されるのではないか」という不安(FOMO: Fear of Missing Out)に襲われるかもしれない。 だが、数時間後に画面を開いた時、気づくはずだ。世界は何も変わっておらず、あなただけが、他人のノイズに邪魔されない「王様のような時間」を過ごしていたことに。 その静寂の味を知ることこそが、デジタル・ミニマリストへの入り口になるかもしれない。

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