「みんながやっている」という集団幻覚からのログアウト。囚人のジレンマを抜け出し、現実世界に新しい規範(Norms)を実装せよ【『不安の世代』6/6】
親たちを縛る「囚人のジレンマ」
「うちの子にだけスマホを持たせないと、仲間外れにされるのではないか?」。この恐怖こそが、現代の保護者を縛り付けている鎖の正体だ。
ジョナサン・ハイトは『The Anxious Generation』において、私たちが陥っている状況をゲーム理論の「囚人のジレンマ」で説明する。どの親も、本音では「子供のスマホ利用を遅らせたい」と思っている。しかし、他の親がどう動くかわからないため、自分だけが損をする(子供が孤立する)リスクを恐れて、しぶしぶスマホを買い与えてしまう。
その結果、誰も望んでいないのに、全員が「スマホベースの子供時代」へと突入するという最悪の均衡状態(ナッシュ均衡)が成立している。このバグを修正するには、個人の努力だけでは足りない。集団での「協定」が必要なのだ。
4つの新しい規範(Norms)をインストールする
ハイトはこのジレンマを打破するために、以下の4つの新しい社会規範を提唱している。
- 高校入学までスマートフォンを持たせない(ガラケーは可)。
- 16歳までSNSを使わせない。
- 学校へのスマホ持ち込みを禁止する(ロッカー預けではなく、ポーチ等での完全遮断)。
- もっと独立した遊び(監視のない自由な時間)を与える。
これらは極端に見えるかもしれない。しかし、クラスの親の半数がこれに合意すれば、景色は一変する。「スマホを持っていないこと」が少数派ではなくなり、孤立のリスクは消滅する。必要なのは、誰かが最初に手を挙げ、この規範をコミュニティにインストールすることだ。
「非同期」から「同期」への回帰
スマホやSNSでのコミュニケーションは「非同期」だ。相手の表情も見えず、声のトーンも聞こえず、返信のタイミングもバラバラだ。これでは、人間が進化の過程で獲得した高度な社会的スキル(相手の微細な反応を読む力)は育たない。
ハイトが推奨するのは、現実世界での「同期(Synchronous)」した活動への回帰だ。同じ場所に集まり、同じ時間を共有し、目を見て話し、笑い合う。この「同期」こそが、オキシトシンを分泌させ、孤独感を癒やし、本当の意味での絆(ソーシャル・キャピタル)を形成する唯一の方法である。
トランプ:数百年続く「対面のプラットフォーム」
では、スマホを置いて集まった後、何をすればいいのか。特別な準備は必要ない。数百年前から人類が愛してきた最強の「同期ツール」がある。それがトランプだ。とくにラスベガスのカジノで使われているCOPAG製のトランプは質が高いので、一度触ってみてほしい。
トランプは、画面を見てしまうテレビゲームとは決定的に違う。「相手の顔」と「自分の手札」を交互に見る。ブラフをかけ、相手の表情の微かな変化を読み取り、大笑いする。手品道具になり、盛り上げることだってできる。
そこには、SNSの「いいね」のようなデジタルな承認ではなく、生身の感情のやり取りがある。将棋やチェスのような一対一の真剣勝負も素晴らしいが、トランプやUNOのように多人数で、カジュアルに「視線を合わせる」遊びこそが、ハックされた私たちの脳を現実世界へと繋ぎ止めるアンカー(錨)になる。
「今度の週末、スマホを置いてトランプをやらないか?」。この一言が、デジタル空間(火星)から現実世界(地球)へと、大切な人を引き戻すための最も強力なコマンドになるのだ。