資本主義への最大の反逆は「何もしない」ことである【『何もしない』1/6】
あなたの「自由時間」は誰のものか
休日の午後、ソファに寝転がってスマートフォンを取り出す。Instagramのストーリーズを眺め、YouTubeでおすすめの動画を数本見流し、気づけばX(旧Twitter)のタイムラインを無限にスクロールしている。 私たちはこれを「自由な休息の時間」だと思い込んでいる。だが、ジェニー・オデルはその著書『何もしない』の冒頭で、この残酷な真実を突きつける。
「私たちの時間は一分一秒に至るまで換金可能な資源として捕獲され、最適化され、占有されている」
あなたが無料でSNSを楽しんでいる間、画面の向こう側では何が起きているのか。シリコンバレーの巨大テック企業たちは、高度なアルゴリズムを駆使してあなたの「関心(アテンション)」を1秒でも長く画面に釘付けにし、それを広告主へ売り飛ばしている。 現代の資本主義において、最も価値のある資源は石油でもデータでもない。あなたの「関心」そのものである。この「アテンション・エコノミー(関心経済)」という巨大な搾取システムの中では、私たちは消費者ですらない。私たち自身の時間と意識が、ベルトコンベアに乗せられた「商品」なのだ。
「有益であれ」という資本主義の洗脳
さらに厄介なのは、私たちがこのシステムを内面化し、自ら進んで自分自身を「最適化」しようとしていることだ。
「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉がもてはやされ、映画を倍速で視聴し、スキマ時間に音声学習をして自己投資に励む。日々の体験はすべて写真に撮ってSNSで共有(ネットワーク化)し、「いいね」という数値評価を得るためのポートフォリオに変えてしまう。 オデルの言葉を借りれば、現代人は「人間の価値が生産性で決まる世界」に深く洗脳されている。システムにとって有益なデータを生み出さない時間(=何もしない時間)に、私たちは得体の知れない罪悪感と焦燥感を覚えるように調教されてしまったのだ。
しかし、すべてを効率化し、常にネットワークに接続し、自己をブランド化し続ける人生の果てに、一体何が残るというのだろうか。 ユヴァル・ノア・ハラリが『ホモ・デウス』で予言した「人間が巨大なデータ処理システムの単なるチップになり下がる未来」は、すでに私たちの日常の中で完成しつつある。
最大の反逆は「何もしない」こと
この息苦しいアテンション・エコノミーから抜け出し、搾取された自分の「関心」を取り戻すにはどうすればいいのか。 SNSのアカウントを消去し、山奥で自給自足の生活を始めるのは非現実的だ。オデルが提案するレジスタンス(抵抗)の形は、もっと静かで、そして極めて知的なものである。
それは、「システムにとって1円の経済的価値も生み出さず、データにも変換できない『完全な無駄(何もしないこと)』を意図的に実践すること」だ。
究極の非生産的ギア「双眼鏡」
何もしない。そのための最強のアンチ・デジタルギアとして、私は今週末、『Nikon(ニコン)の高級双眼鏡』を首から下げて近所の公園や森へ向かうことを強く提案したい。オデル自身も実践している「バードウォッチング」である。
木の上にいる野鳥を、ただ双眼鏡で数時間眺める。 この行為は、資本主義の視点から見れば「完全なる機能不全(バグ)」である。キャリアの役にも立たない。年収も上がらない。株価のチェックもできないし、その体験をデータ化してSNSで「いいね」を稼ぐことも難しい(双眼鏡越しでは写真は撮れないからだ)。
だが、それこそが重要なのだ。 あなたの貴重な「関心」を、シリコンバレーのアルゴリズムから引き剥がし、目の前の名もなき鳥の羽ばたきに100%注ぎ込むこと。 次々と流れてくる最適化された情報(ノイズ)を遮断し、レンズ越しの静寂の中で、生産性という強迫観念から自分を解放すること。
AIがすべての業務を効率化していくこれからの時代、「生産的であること」はもはや機械の仕事だ。私たち人間に残された最高の贅沢であり、システムへの最大の反逆。それは、双眼鏡を片手に、堂々と「何もしない」ことなのである。
『何もしない』シリーズ (全6回)




