レビュー・紹介

組織の停滞は「リーダー不在」のせい? アリの知性に学ぶ。

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優秀なリーダーという「神話」

書店に行けば、「最強のリーダーシップ」や「カリスマの条件」といった勇ましいタイトルのビジネス書が山積みになっている。まるで、黒いタートルネックを着てニューバランスのスニーカーを履いた天才が一人いれば、すべての問題が解決するかのような口ぶりだ。ビジネスの現場でも、現状の閉塞感を「強力なリーダーの不在が原因だ」「ウチにはビジョンがない」と嘆く声をよく耳にする。

しかし、ロバート・ムーアの著書『トレイルズ(On Trails)』を深く読み込むと、我々が信じている「トップダウン型の指導力」がいかに効率の悪いものであるか、痛烈な事実を突きつけられることになる。

ムーアは、アリがどのようにして道を作るのか、そのプロセスを視覚的に証明するエピソードを紹介している。一匹のアリの動きをペンで追いかけ、その軌道を紙に線として記録する。そこに現れるのは、目も当てられないような酷い図形だ。最初のアリはあちこち迷走し、無駄だらけの曲線を描き、千鳥足の酔っ払いのように頼りない。 個としての知性は、見るに堪えないレベルである。

ところが、次に続くアリ、さらにその次に続くアリの軌道を、別の色のペンで重ねて描いていくと、魔法のような現象が起きる。後続のアリたちは先人の「迷走」を少しずつショートカットし、回数を重ねるごとに、その無秩序だった線の束は、定規で引いたように真っ直ぐで太い「最適ルート」へと収束していくのだ。

そこには、全体の地図を持った指揮官は一人もいない。個々の愚かな動きが積み重なることで、どんな天才的な司令官も描けないほど精密な「道」が創発される。これが、リーダーなき組織の正体だ。

「スティグマジー」としてのログ

その秘密は、生物学用語で「スティグマジー(Stigmergy)」と呼ばれるメカニズムにある。これは「環境になされた痕跡による他個体の刺激」を意味する。 アリはフェロモンという化学物質を地面(環境)に残し、外部記憶装置として利用しているのだ。

彼らは「俺についてこい」と叫ぶ代わりに、静かに情報を地面に書き込む。「ここは餌がある」「ここは通りにくい」という事実だけを淡々と蓄積する。後続のアリはその濃度を読み取り、少しずつ軌道を修正する。この単純だが膨大な「情報の重ね書き」こそが、強靭なインフラを作り上げている。

この視点を現代のオフィス環境にスライドさせてみよう。我々にとってのフェロモンとは、SlackやMicrosoft Teamsに残されるログそのものではないだろうか。しかし、我々の「フェロモン運用」は、アリに比べてあまりに非効率的かもしれない。

多くのチャットルームで見られるのは、有益な環境情報だろうか。それとも、「おはようございます」「お世話になります」「よろしくお願いいたします」といった、実質的な意味を持たない「儀礼的なノイズ」だろうか。あるいは、「空気を読む」ことにリソースを割きすぎて、肝心な事実情報が埋もれてしまってはいないだろうか。

失敗情報は「宝」である

さらに著者が指摘するアリのシステムの優れた点は、「ネガティブ・フィードバック(負の情報の蓄積)」にある。

アリの道作りにおいて、餌にたどり着けなかったアリが戻ってくる道は、フェロモンが強化されず、やがて蒸発して消える。つまり「失敗したルート」が消去法的に明らかになることで、正解のルートが浮き彫りになるのだ。失敗は隠されるべき恥ではなく、システムを最適化するための貴重なデータとして扱われる。

ひるがえって人間社会はどうだろう。我々は失敗を隠す傾向がある。「うまくいかなかった」という報告は、評価を気にしてSlackのDM(ダイレクトメッセージ)や給湯室の陰口でこっそりと行われ、オープンなチャンネルには「成功報告」や「綺麗な進捗」ばかりが並ぶ。

これでは、組織の地図はいつまで経っても完成しない。「行き止まり」の情報が共有されないため、後続の人間がまた同じ行き止まりに突っ込み、同じ時間を浪費することになるからだ。

今日のコツ: カリスマを待つのをやめる

もし「自走する組織」を目指すのであれば、救世主のようなリーダーを待つ必要はないのかもしれない。必要なのは、天才的な指示ではなく、凡人たちが残す「ログの質」を変えることだ。

定型的な挨拶やマナーに執着するのをやめ、事実としての「成功」の情報と、それ以上に重要な「失敗」の情報を、淡々と環境(チャットツール)に刻んでいく。個々の能力がどれほど限定的であっても、正しいフェロモンさえ機能すれば、あの無駄だらけの線が一本の道になったように、組織は勝手に賢くなっていく。ロバート・ムーアの描くアリの知性は、我々にそんな希望と、少しばかりの反省を促しているように思える。

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