バフェットの相棒はどこへ?「急ぐ者」が死ぬ理由【『サイコロジー・オブ・マネー』3/3】
なぜウォーレン・バフェットは50歳以降に資産の大半を築いたのか
投資で成功する上で最も重要な要素とは何なのだろうか。優れた投資戦略なのだろうか、それともずば抜けた分析力なのだろうか。『サイコロジー・オブ・マネー』著者でベンチャーキャピタリスト・金融ライターのモーガン・ハウセルは、金融における行動心理の重要性を問いかけ、資産形成の真の鍵は、一見すると地味な「時間」と「生き延びること」にあると説く。世界的に有名な投資家ウォーレン・バフェットの驚くべき資産形成の歴史を紐解くと、彼の資産の大半が50歳以降に築かれたことがわかる。
これは、バフェットがずば抜けて優秀な投資家であるだけでなく、幼少期から投資を始め、ほぼ四半世紀にわたって市場に居座り続けた結果にほかならない。もし彼が若くして投資を始めても早期に引退していれば、その資産はごくわずかな額に留まっただろうと同氏は試算している。これは実際の資産と比べてはるかに少ない額だ。バフェットの成功は、単なる投資の腕前だけでなく、その「時間」という最も強力な要素によってもたらされたと言える。複利の力が真に機能するには、ひたすら市場に「生き残り続ける」ことが不可欠なのだ。
急ぐ者が招く破滅:バフェットの相棒リック・ゲリンの教訓
複利の恩恵を最大限に享受するためには、市場から退場しないことが絶対条件だ。しかし、多くの人がそのシンプルな真実を見失いがちである。ウォーレン・バフェットとチャーリー・マンガーの投資の師弟関係はよく知られているが、40年前には彼らとともに投資を行っていたリック・ゲリンというもう一人の人物がいた。ゲリンもまた、バフェットやマンガーと同じくらい聡明な投資家だったと言われている。
ところが、市場の大暴落で、ゲリンはレバレッジを効かせた信用取引を行っていたため、追証(追加証拠金)を求められた。彼は保有していた株式を売却せざるを得なかった。バフェットは、「リックは私たちと同じくらい賢かったが、急いでいた」と語っている。このエピソードは、いかに「急ぐこと」や過度なリスク(特にレバレッジ)が、どれほど優秀な投資家であっても複利の力を破壊し、市場からの強制退場を招くかを明確に示している。富を築くスキルと、富を維持するスキルは別物であり、後者こそが長期的な成功には不可欠なのだ。
「合理的」よりも「そこそこ合理的」が長期的な成功を呼ぶ
市場に生き残り続けるためには、感情を排した「完璧な合理性」よりも、人間らしい「ほどほどの合理性」が重要であると同氏は説く。学術的な金融理論は数学的に最適な投資戦略を追求するが、現実世界で人々が求めるのは、夜安心して眠れる戦略だ。ノーベル経済学賞を受賞したある経済学者は、将来の後悔を最小限に抑えるために株式と債券に分散投資したと述べている。これは紙の上では必ずしも「合理的」ではないかもしれないが、現実の生活では「合理的」であると言える。
たとえば、学術的な提案の中には、レバレッジをかけて投資すべきというものもある。これは、たとえ市場が大きく下落しても、その後も計画通り投資を続ければ、長期的に見ればはるかに高いリターンが得られるという論理だ。数学的には正しいかもしれないが、これは非現実的な戦略である。なぜなら、普通の人間が退職金が完全に消滅するのを目にして、無感情にその戦略を続けられるはずがないからだ。人間は感情的な生き物であり、それが金融の意思決定を物理学のように明確ではない「心理学」たらしめる所以だ。だからこそ、完璧な戦略よりも、自分が長く続けられる「そこそこ合理的」な戦略を選ぶことが、結果として複利の恩恵を最大化する道となるのだ。
1回の破滅が全てを奪うテールリスクの現実
投資で成功し続ける上で、たった一度の破滅的な出来事が全てを水泡に帰す「テールリスク」の存在を理解し、避けることが不可欠だ。高いリターンを狙うためのリスクテイクは必要だが、それが破滅につながる可能性をはらんでいる場合、そのリスクは決して取るべきではない。たとえば、ロシア式ルーレットの勝率がたとえ有利であっても、たった一度の失敗が命取りになることを考えれば、誰もがそのリスクを取ることを拒否するだろう。お金の世界もこれと同じだ。95%の確率で成功する投資であっても、5%の失敗が壊滅的な結果を招くのであれば、そのリスクは魅力的に見えても避けるべきだ。
予測できないリスクがどれほど破壊的であるかを示す例は数多くある。高性能な機械が、まさか想定外の小さな要因によって機能不停止に陥るとは、設計者も運用者も想像だにしなかっただろう。ウォーレン・バフェットが、予測不能な事態に対処する能力を持つ人物の重要性を強調したのは、このようなテールリスクを理解していたからにほかならない。複利の恩恵を享受し続けるためには、単に高いリターンを追求するだけでなく、想定外の事態によってゲームから退場させられないための「備え」こそが最も重要なのだ。
投資で最も重要なスキルは「生き延びる」こと
投資の世界において、賢い戦略や正確な分析能力も確かに重要だ。しかし、それ以上に決定的な要素は「生き延びること」、つまり市場から退場せずにゲームに参加し続けることだ。複利の魔法は、時間が経つにつれて指数関数的に富を増大させるが、そのためにはあらゆる困難や市場の激しい変動を乗り越え、何十年にもわたって投資を継続する忍耐力が不可欠だ。ウォーレン・バフェットやチャーリー・マンガーが膨大な富を築き上げたのも、彼らが市場の浮き沈みを経験しながらも決して投げ出すことなく、長期にわたって投資を続けたからだ。
急いで富を築こうとしてレバレッジを使い、わずかな下落で強制退場させられたリック・ゲリンの例は、私たちに「退場しないこと」の重要性を痛感させる。完璧な投資戦略を追い求めるよりも、自分が精神的に負担なく続けられる「そこそこ合理的」な戦略を選ぶこと、そして予測不能なテールリスクから資産を守るための「余地」を持つことが、結果として複利の恩恵を最大限に受ける道となるだろう。投資とは、一発逆転を狙うギャンブルではなく、着実に生き残り続ける持久戦なのだ。
投資で「生き残り続ける」ための思考法をさらに深く学びたい方には、市場の長期的なメカニズムと、個人投資家が犯しがちな過ちを冷静に分析した『敗者のゲーム』(チャールズ・エリス著)を手に取ってみてはどうだろうか。市場という大きなゲームで勝ち続けるための、本質的なヒントが得られるはずだ。
Kの視点
本文はバフェットとリック・ゲリンの対比を「急ぐか待つか」の問題として整理しているが、原書が示すのはもう一段深い構造だ。著者は同じ章でジム・サイモンズとバフェットを比較し、年率66%を叩き出すサイモンズがバフェットより75%貧しい理由を計算してみせる。複利の本質は「リターンの高さ」ではなく「運用年数の長さ」であり、これは直感に完全に反する。記事が「生き延びること」を結論として打ち出すのは正しいが、では何年・何十年単位の話なのかという時間軸の感覚が伝わりにくい点は惜しい。
著者主張の限界も指摘しておく必要がある。「そこそこ合理的」な戦略を推奨するくだりでノーベル賞経済学者の分散投資を好例として挙げているが、原書はその経済学者の名前を明かさない。後に調査報道によってハリー・マーコウィッツを指すと広く解釈されているが、匿名のまま「権威ある事例」として使うのは論証として弱い。感情に訴えやすい逸話を積み上げる手法は本書全体の特徴だが、裏返せば例外ケースの選別バイアスが常につきまとう。
日本の文脈で付け加えると、「30年以上市場に留まり続ける」という前提自体が日本株投資家には複雑な響きを持つ。1989年末に日経平均のピークで買い始めた投資家は、「生き延びる」だけでは報われなかった。本書の議論はS&P500という右肩上がりの市場を暗黙の前提とており、長期停滞市場における「サバイバル戦略」の実効性については著者も正面から論じていない。この点は本書を読む日本の個人投資家が自分なりに補完すべき最大の空白だ。 — K