高級車に乗る男は誰からも見られない。RichとWealthの決定的違い【『サイコロジー・オブ・マネー』1/3】
本当に「お金持ち」とは何だろうか?
高級車を乗り回し、派手な生活を送る人を見て、あなたは本当に羨ましいと感じるだろうか。彼らは真に「お金持ち」なのだろうか。
『サイコロジー・オブ・マネー』著者である著名な金融ライター、モーガン・ハウセルは、かつてロサンゼルスの高級ホテルで駐車係として働いていた頃の経験を語っている。あるテクノロジー企業の幹部は、数インチもの厚さの100ドル札の束を持ち歩き、自慢げに見せびらかしていたという。彼は酔った勢いで部下に数千ドルを渡し、1,000ドルの金貨を太平洋に投げ捨てるような派手な浪費を繰り返した。500ドルのランプを壊しても「5,000ドルやるから二度と侮辱するな」と吐き捨てたという。しかし、数年後、この幹部は破産したことが判明した。ハウセルは、彼が見てきた「金持ちに見える人」と「本当の資産家」の間には、決定的な違いがあったと述べている。お金に関する成功は、個人の知性よりも、行動様式に大きく左右されると同氏は指摘する。
ロナルド・リードとリチャード・フスコーネの教訓
モーガン・ハウセルは「お金に関する成功は、知性よりも行動が重要である」という自身の主張を裏付ける二人の対照的な人物の物語を紹介している。
一人はロナルド・リードという人物である。バーモント州の貧しい農村に生まれ、高校を卒業後はガソリンスタンドで自動車の修理・給油スタッフとして25年間、百貨店で17年間清掃員として働いた。彼の生活は質素そのもので、友人によると主な趣味は薪を割ることだったという。しかし、2014年に92歳で亡くなった際、多額の純資産を残していたことが判明し、世界中でニュースになった。彼は宝くじに当たったわけでも、遺産を相続したわけでもない。わずかな貯蓄を優良株に投資し、何十年も辛抱強く待ち続けた結果、複利の力で資産は膨れ上がったのである。
もう一人はリチャード・フスコーネ。ハーバード大学MBAを持ち、メリルリンチの元幹部であった彼は、金融業界で華々しいキャリアを築き、40代で引退して慈善事業家になった。11の浴室と2つのプール、7つのガレージを持つ1万8,000平方フィートもの大豪邸を所有し、その維持費は毎月9万ドル(約1,300万円)にも及んだ。しかし、2008年の金融危機で巨額の負債と流動性の低い資産により破産に追い込まれ、邸宅も差し押さえられた。
リードは忍耐強く、フスコーネは貪欲であった。この行動の違いが、二人の非常に大きな教育と経験の差を埋める結果となった。真の資産形成には、知識や知性以上に、行動と精神的なスキルが重要であると本書は示唆している。
「Rich」と「Wealth」の決定的な違い
この対照的な二人の物語が示すのは、Rich(収入が多い、派手な消費をする)とWealth(見えない資産を築く)の根本的な違いである。
同氏は、ホテルの駐車係として働いていた頃の経験から、フェラーリに乗っている人を見ても「すごい、あのドライバーはかっこいい」とはほとんど思わなかったと語る。「もし私がその車に乗っていたら、私はかっこいいと思われるだろう」と考えるのが常であったという。人は富を誇示することで尊敬や賞賛を得たいと願うが、実際には他人はその持ち物自体にしか目を向けず、本人のことはほとんど気にしないものである。
高級車や豪邸といった派手な消費は、富の証明ではなく、富そのものの消費に過ぎない。これらの「見える資産」は、どれだけの収入があったかを示すものであっても、どれだけの資産を保持しているかを示すものではない。むしろ、それらを購入したことで、その分だけ資産が減っているか、負債が増えていることを意味するとモーガン・ハウセルは指摘する。真のWealthとは目に見えない未消費の資産、つまり将来のための選択肢、柔軟性、そして成長の機会なのである。
真の裕福さとは「まだ買っていないもの」である
モーガン・ハウセルは「裕福さとは、まだ買っていないものだ」という言葉を提示している。
これは、目に見える形でお金を使うこと、つまり車や家、服や旅行などの「リッチなもの」を購入することは、物理的な所有物を増やす一方、真の資産を減少させているという本質を突いている。真の裕福さは、手元に残されたお金、消費されずに蓄えられた資産の中にある。これは、将来のための選択肢を広げ、人生における自由度を高める。例えば、病気になったときに何日か仕事を休める余裕、リストラされたときに急いで仕事を探さずに済む選択肢、給料は低くてもやりがいのある仕事を選べる自由、医療費の心配なく緊急事態に対処できる安心感などがそれにあたる。
承認欲求を満たすためにお金を使い続ける限り、真の資産は永遠に積み上がらない。他人からの羨望の眼差しは一時の満足しかもたらさず、長期的な幸福や経済的安定には繋がらない。謙虚さ、親切心、共感性こそが、人々から尊敬と賞賛を得るための真の道であるとハウセルは結んでいる。
「見えない資産」を築き、本当の豊かさを手に入れる
この記事では、高級車を乗り回して破産したテクノロジー幹部や、ハーバードMBAの元エリートが巨額の負債を抱えた一方、質素な生活で多額の資産を築いたロナルド・リードの事例を通じて、真の豊かさとは何かを考察してきた。大切なのは、派手な消費で他人からの注目を集めることではなく、目に見えない資産を着実に築き、経済的自由と心の平穏を手に入れることである。あなたの「お金の心理」を深く掘り下げ、真の豊かさとは何かを考えるための一冊として、『となりの億万長者』(トーマス・スタンリー著)を手に取ってみてはどうだろうか。同書は、ごく普通の人々がどのようにして億万長者になったのかを解き明かし、あなたの資産形成への道筋を具体的に示してくれるはずだ。
Kの視点
記事ではリードとフスコーネの対比が「行動の差」として綺麗に整理されているが、原書を読むと著者の主張はもう一枚複雑だ。第3章でハウセルは「運とリスクは双子の兄弟」と論じており、リードの成功にも幸運の成分があったことを率直に認めている。「行動が全てを決める」という読み方は、原書が慎重に避けようとしている単純化に陥るリスクがある。
また本文で触れられていないが、原書第3章「Enough(十分)」は今回の主題と表裏一体の論点を提供する。ラジャット・グプタやバーニー・マドフという「持っているはずの人間が全てを失う」事例を通じ、「ゴールポストを止める技術こそが最難関の金融スキルだ」と断言している。富の誇示という外向きの問題だけでなく、内なる比較欲——自分より裕福な他者との際限ない照合——が破滅を招くメカニズムまで踏み込んでおり、記事の結論「謙虚さや共感が尊敬を得る道」よりもはるかに辛辣で現実的な診断がそこにはある。
日本文脈での注意点も一つ付け加えたい。「見えない資産=真の富」という図式は、貯蓄率が長年高く消費を美徳としない文化を持つ日本では直感的に受け入れやすい。ただしそれが「見せない=偉い」という内向きの節約美学に変質すると、ハウセルが第7章で強調する「コントロール可能な時間こそが富の最高配当」という積極的な側面が消える。倹約は手段であって、その先に何を買うか——時間と自律性——を明確にしない限り、本書の核心には届かない。 — K