わかったつもりを破壊する記憶術【『Ultralearning』3/3】
何度もテキストを読み返す学習は正しいのか
社会人が新しい専門知識を身につけようとする際、最も一般的な学習方法はテキストの反復である。重要な箇所にマーカーを引きながら本を読み進め、理解できない章は何度も読み返す。やがて文章をスラスラと目で追えるようになり、見出しを見ただけで内容が頭に浮かぶようになれば、私たちはその知識を完全にマスターしたと確信する。
しかし、いざ会議の場でその知識を用いた意見を求められたり、実際の業務で応用しようとしたりすると、全く言葉が出てこないという壁にぶつかる。真面目にテキストを読み返しているにもかかわらず、なぜ私たちの学習はこれほどまでに脆いのだろうか。
なぜ見慣れただけで覚えたと錯覚するのか
『Ultralearning』著者でライター・起業家のスコット・ヤングは、単なる再読やノートの丸写しといった受動的な学習法が、いかに非効率であるかを指摘している。テキストを繰り返し読んでいると、内容の処理がスムーズになり、脳に負荷がかからなくなる。私たちはこの状態を「理解が深まった」と勘違いしてしまうのだ。
しかし同氏によれば、これはテキストの文字列を見慣れただけであり、知識が自らの脳に定着したわけではない。この現象は心理学において「流暢性の錯覚」と呼ばれ、私たちに根拠のない自信を与えてしまう。マーカーで綺麗に彩られたテキストを眺めて満足している状態は、実際には何も記憶していないにもかかわらず、自らの学習機会を奪う最大の罠なのである。
想起のプロセスが知識を本物に変える
この錯覚から抜け出し、知識を長期記憶として確実に定着させるために同氏が強く推奨するのが「想起(Retrieval)」のプロセスである。本を閉じ、何の手がかりもない状態から、今学んだことを自分の頭の中だけで絞り出す訓練だ。和文だけを見て、英文を思い浮かべるもの良い。白紙のノートに思い出しながら書き出したり、自分自身にテストを課したりする行為である。
テキストを見ながら綺麗にノートをまとめる作業に比べ、何も見ずに思い出す作業は非常にエネルギーを使い、うまく思い出せないという強烈なストレスを伴う。しかし、この脳に負荷をかけるプロセスこそが、記憶のネットワークを物理的に強化し、知識を自由に引き出せる状態へと鍛え上げるのである。学習とは、スムーズに情報を入れることではなく、苦労しながら情報を引き出す瞬間にのみ成立するのだ。
思い出す負荷を自ら進んで受け入れられるか
あなたが今、線を引いただけで満足して本を閉じているのだとしたら、その知識は明日にはすっかり消え去っているだろう。私たちが限られた時間で確実なスキルと知識を手に入れるためには、心地よいインプット作業を手放し、脳に汗をかく「想起」の負荷を自らに課すマインドセットの転換が不可欠である。
記憶のメカニズムを科学的に理解し、テスト効果の絶大な威力を学ぶための実践書として、認知心理学の知見から真の学習法を解き明かしたピーター・ブラウンらの『使える脳の鍛え方 成功する学習の科学』へと手を伸ばしてみてはどうだろうか。わかったつもりという心地よい錯覚を自ら打ち砕き、苦しみながら知識を絞り出すこと。その過酷な想起の反復こそが、あなたの費やした時間を決して裏切らない、一生モノの知的財産へと変えるはずだ。
『Ultralearning』シリーズ (全3回)

