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「もったいない」という病。過去の呪縛を断ち切る「サンクコスト」防衛術【『ファスト&スロー』5/6】

kotukatu
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つまらない映画を最後まで観てしまう理由

映画館でお金を払い、期待して観始めた映画が、開始30分でどうしようもなくつまらない駄作だと気づいたとしよう。あなたなら即座に席を立って帰るだろうか。それとも、最後まで観るだろうか。

多くの人は「せっかく1,800円払ったのだから」と、苦痛を感じながらも2時間最後まで座り続けることを選ぶ。これこそが、行動経済学における最も愚かで、かつ最も抗いがたい罠「サンクコスト(埋没費用)の呪い」である。

ダニエル・カーネマンが著書『ファスト&スロー』の中で指摘するように、経済的・合理的に考えれば、チケット代の1,800円はすでに支払われており、あなたが席に残ろうが帰ろうが「二度と戻ってこないお金(埋没した費用)」である。これから先の1時間半をどう使うかは、過去の出費とは完全に切り離してゼロベースで判断すべきだ。

しかし、我々の脳を支配するシステム1(直感・感情)の中にある「心の家計簿」は、自分が損をしたことを認められず、なんとか元を取ろうと必死になる。その結果、戻ってこないお金だけでなく、「二度と戻らない貴重な時間」までも追加でドブに捨てるという、最悪の二重損失を招くのである。

過去の投資が、未来の可能性を食いつぶす

この「もったいない」という心理は、ランチのメニュー選びから、泥沼の恋愛、そして企業の採算の取れない巨大プロジェクトまで、人生のあらゆる場面で顔を出す。

「これだけ時間をかけたのだから」「これまで高いお金を払ってきたのだから」。過去に投じたリソース(金、時間、努力)が大きければ大きいほど、システム1(直感・感情)は撤退の決断を強烈に拒絶する。これを心理学では「コンコルド効果(超音速旅客機コンコルドの商業的失敗に由来)」と呼ぶ。

サンクコストに縛られるということは、「過去の愚かな決断を下した自分」に、「現在の自分」を支配させることに他ならない。うまくいかない人間関係や仕事にしがみつくのは、誠実さではなく、単なる「認知的怠慢」であり、自分の失敗を認めたくないというプライドの現れだ。過去の投資を正当化するために、未来の可能性を犠牲にしてはいけないのだ。

「損切り」を拒むシステム1を自覚せよ

スマートなライフスタイルを送るためには、この「心の家計簿」を頻繁にリセットする冷徹な習慣が必要だ。カーネマンは、意思決定においては「これから何が得られるか(未来の効用)」だけを考慮すべきだと説く。過去にいくら払ったかは、今の判断には1ミリも関係がない単なるノイズである。

しかし、「ゼロベースで考えろ」という精神論だけでサンクコストを断ち切れるほど、人間は賢くない。自分のプロジェクトや人間関係が行き詰まったとき、「もう少し頑張れば元が取れるのではないか」という甘い幻想が必ず頭をもたげる。我々がこの呪縛から逃れるには、「時間とお金をかければかけるほど、取り返しのつかないゴミが出来上がることもある」という冷酷な事実を、物理的に視界に入れておく必要がある。

制作者のエゴが生んだ「数百億円の死骸」を体験せよ

サンクコストの恐ろしさを脳に刻み込むため、私はあえて「制作者自身がコンコルド効果の泥沼に沈み、引くに引けなくなって生み出された『歴史的な大爆死作品』と世間からの評価を受けている」作品を鑑賞することを推奨する。

1. 映画『ファイナルファンタジー』(2001年)

約4年の歳月と150億円もの巨額の製作費を投じながら、CGの美しさ以外はすべてが破綻していた伝説の駄作。引くに引けなくなったこの巨大プロジェクトは自社の屋台骨を激しく揺るがし、結果として「FFの生みの親」である天才クリエイター本人を引責辞任にまで追い込んだ。己のエゴとサンクコストがもたらした、あまりにも重い悲劇である。

2. ゲーム『デューク・ニューケム フォーエバー』(2011年)

なんと14年間にも及ぶ開発地獄(ディベロップメント・ヘル)。途中で何度もゲームエンジンを作り直し、「これだけやったんだから出さないと終われない」というサンクコストの呪いに憑りつかれた結果、発売された時には完全に時代遅れのクソゲーと化していた。

3. 映画『カットスロート・アイランド』(1995年)

製作費が膨張に膨張を重ね、映画会社(カロルコ・ピクチャーズ)を倒産に追い込んだ「世界で最も赤字を出した映画」としてギネス記録にまでなった作品。途中で製作を中止する勇気さえあれば、会社は潰れずに済んだのだ。

何十億、何百億という資金と十数年の時間をかけても、駄作は駄作である。「もったいない」という執着は、決して品質を担保してくれない。 もしあなたが今、見込みのない仕事や人間関係を「もったいない」と続けているなら、ワゴンセールで数百円で投げ売りされているこれらのディスクを眺めてみてほしい。過去の領収書を破り捨て、冷徹に「損切り」ができる人間だけが、人生の再スタートを切ることができるのだ。(もう一方で、そうした大いなる熱意の空回りをした作品たちがカルト的に愛される理由も理解はできる)

『ファスト&スロー』シリーズ (全6回)

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