世界を一つにしたのは「愛」ではなく「お金と帝国」だった
「みんな一緒」は綺麗事ではない
「世界は一つになるべきだ」。ジョン・レノンが歌うまでもなく、現代のリベラルな価値観では、統合や調和は善とされる。しかし『サピエンス全史』の著者、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、歴史をマクロな視点で眺め、「人類はずっと統合の方向に向かってきた」と指摘する。ただし、その原動力となったのは、隣人愛や平和への祈りではない。もっと冷徹で、普遍的なシステム――すなわち「貨幣」「帝国」「宗教」の3つだ。
これらは「私たち(Us)」と「彼ら(Them)」というサピエンスの本能的な壁を打ち破り、見知らぬ者同士を同じルールの中に組み込むことに成功した。商人は「お金」のために異教徒とも取引し、皇帝は「帝国」のために異民族を支配し、預言者は「宗教」のために全人類を改宗させようとした。世界をグローバル化したのは、慈善家ではなく、強欲な商人と征服者だったのだ。
「帝国」という必要悪
特に現代人が嫌悪感を抱くのが「帝国」だ。武力で他国を侵略し、文化を押し付ける。これは悪に違いない。しかし、歴史の皮肉な真実は、帝国の支配こそが、多くの文化や技術を融合させ、平和(パックス, Pax)をもたらしたという点にある。ローマ帝国がなければ、広大な道路網も法律も普及せず、ヨーロッパの文化はもっと貧弱だったかもしれない。
さらに皮肉なことに、現代の私たちが「帝国主義は悪だ」と批判するときに使っている言葉や道徳観念自体が、かつての帝国(欧米列強)によって作られ、広められたものだ。私たちは帝国を憎みながら、帝国の遺産の上で生活し、帝国が作ったルールで思考している。ハラリは「善人だけの帝国など存在しないが、悪だけの帝国もまた存在しない」と説く。歴史は単純な勧善懲悪では語れないのだ。
あなたの財布の中にある「最強の統合ツール」
宗教や帝国以上に強力な統合者が「貨幣」だ。イスラム原理主義者とアメリカの資本家は、神については合意できなくても、ドル紙幣の価値については完全に合意できる。お金は、言語や宗教、人種の壁を軽々と飛び越える唯一の信頼システムだ。
「お金は汚い」と言う人もいるが、お金ほど「差別をしない」存在はない。金貨を持っていれば、肌の色や信じる神に関係なく、誰でもパンを買うことができる。この冷徹なまでの平等性こそが、バラバラだった人類市場を一つに繋ぎ合わせた。私たちは愛によってではなく、欲望と利便性によって一つになったのだ。
現代の「帝国」にどう向き合うか
今、私たちはGoogleやAmazon、あるいは「資本主義」という巨大なデジタル帝国の住人だ。そこでは、国境を超えて同じサービスを享受し、同じアルゴリズムに支配されている。これはかつてのローマ帝国以上の規模の「統合」だ。
土曜の夜、この巨大なシステムの中で生きる自分を少し俯瞰してみよう。私たちは好むと好まざるとにかかわらず、統合された世界の一部だ。そこから逃れることは難しいが、その構造(OS)が何であるかを知ることはできる。盲目的に従うのでもなく、感情的に拒絶するのでもなく、ただ「こういう仕組みで世界は回っている」と理解すること。それこそが、現代を生きるサピエンスに必要な、真の教養なのかもしれない。