資本主義という最強の宗教。止まれば死ぬ「自転車操業」と距離を置く方法【『サピエンス全史』5/6】
「パイは無限に大きくなる」という集団幻覚
中世までの長い間、人類の「富」に対する考え方はシンプルな「ゼロサム・ゲーム」だった。 世界の富の総量は一定であり、誰かが金持ちになれば、その分だけ別の誰かのパイ(取り分)が減って貧乏になる。ゆえに、キリスト教でも仏教でも「強欲は罪であり、金儲けは卑しいことだ」と厳しく教えられてきた。
しかし、近代に入って一つの革命的なアイデアが世界を根底から塗り替える。「利益を再投資して生産を増やせば、富のパイ自体が無限に大きくなる」という、未来の「成長」に対する強烈な信仰である。
『サピエンス全史』の著者である歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、これを「現代で最も成功した『宗教』」だと定義している。 資本主義は、キリスト教やイスラム教よりもはるかに多くの熱狂的な信者を獲得し、実際に世界中の貧困を減らして物質的に劇的に豊かにした。しかし、そこには悪魔の契約のような「過酷な条件」が存在する。全員が豊かになれるというこの物語(未来への信用創造)を全員で信じ続けなければ、このシステムは一瞬にして崩壊してしまうのだ。
止まることを許されない「永遠の自転車操業」
資本主義の本質は、巨大で残酷な「自転車操業」にある。 現代の経済システムは「信用(クレジット)」という架空の物語によって成り立っているが、銀行に利子を付けて借金を返済するためには、「未来のパイが、現在よりも確実に大きくなっている」という前提が必要不可欠である。
だからこそ、我々はすでに祖先たちが夢見た「飢えのない楽園」に到達し、十分に豊かなはずなのに、常に「まだ足りない」「もっと稼がなければならない」という強迫観念に駆られ、働き続け、投資し続けなければならない。 ハラリは「このレースにゴールはあるのか?」と冷徹に問いかける。我々は幸福になるために成長を目指したはずだった。しかし、いつの間にか「成長することそのもの」が目的化してしまっている。高速で回転する資本主義のペダルを、死ぬまで休むことなく漕ぎ続けることを運命づけられたのが、我々現代人の姿なのである。
「足るを知る」を許さない強迫観念
ハラリが指摘するように、資本主義こそが歴史上最も強固で、最も洗脳力の強い宗教である。 かつての伝統的な宗教が「足るを知れ」と安らぎを説いたのに対し、資本主義という神は「もっと生産しろ、もっと消費しろ」と絶え間なく我々に命じ続ける。
私たちが毎日のように株価指数を神託のように眺め、スキマ時間さえも「自己投資()」と言い換えてオーディオブックを倍速で聴き込むのは、それが資本主義社会における「唯一の救済」だと信じ込まされているからだ。 日曜の午後、ただソファで横になっている時にさえ、「ああ、こんな生産性のないことをしていていいのだろうか」と罪悪感を覚えてしまう。その瞬間、私たちは自分が「資本主義という神殿の、敬虔な信者」であることを痛烈に思い知らされるのである。
資本主義と「適切な距離」を保つための自己満足ギア
誤解してはならないが、我々はこの巨大なシステムを完全に否定して山奥で自給自足の生活を送ることはできないし、その必要もない。 世界中の素晴らしい商品をAmazonでポチり、数日後に自宅で受け取れるのは資本主義というシステムのおかげだ。我々はその恩恵を存分に享受しつつも、精神をすり減らさないために、その過酷なルール(すべての行動を金や評価に変換せよ)からは「意図的な距離」を置く必要がある。
そのための知的アナログギアとして、私は資本主義と職人技が産み出した最高の道具を手に入れることを推奨する。
例えば、いつかは手に入れたい至高の憧れである『Martin(マーティン)』の高級ギターや、『シュミンケ(Schmincke)』の最高級水彩絵具。あるいは、現実的な予算の中で日本の職人の魂を味わい尽くせる『Headway(ヘッドウェイ)』の堅牢なギターや、プロも愛用する『ホルベイン(Holbein)』の透明水彩絵具セットだ。
ここで最も重要な「距離を保つための絶対ルール」がある。SNSにアップしないこと。そして、誰にも見せないことだ。
資本主義のシステムを使って最高の道具を手に入れた後は、それを「市場価値(他人のいいねやスキルアップというROI)」から完全に切り離す。 ライブに出るわけでもなく、誰に聴かせるわけでもなく、ただ金曜の夜に一人で美しいギターの弦を弾く。あるいは、誰の目にも触れないキャンバスに、高価な絵具を贅沢に塗りたくり、そのままクローゼットにしまい込む。
誰のためでもない、何の見返りも求めない、純度100%の無駄遣い。資本主義の果実を味わいながらも、あえてそのルールからは降りるというこの贅沢な遊びこそが、永遠の自転車操業の中であなたの正気を保つ、最強のサンクチュアリ(聖域)となるのである。
『サピエンス全史』シリーズ (全6回)




