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サピエンスの終焉。全知全能の神か、退屈な動物か【『サピエンス全史』6/6】

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3つの敵を倒した人類の「次なる野望」

何千年もの間、人類の歴史を支配してきた最大の課題は「飢餓・疫病・戦争」であった。かつては為す術もなく神に祈るしかなかったこれらの災厄を、人類は今、経済成長と科学技術という圧倒的な力によってほぼ制圧しつつある。

では、生存の恐怖から解放されたサピエンスは、次にどこへ向かうのか? 『サピエンス全史』の著者である歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、人類が次に目指すのは、死の克服である「不死」と、化学的な快楽の最大化である「至福」、そして自らを全知全能の神へとアップグレードする「ホモ・デウス(神のヒト)」への進化だと指摘する。

進化のバトンは自然選択の手から離れ、バイオテクノロジーとAIによる「知的設計」へと渡された。我々は今、数万年続いてきたサピエンスという種そのものを解体する、歴史の終焉(クライマックス)に立ち会っているのだ。

「人間」という有限なバグの消去

私たちが自らのDNAを自由に書き換え、脳をクラウド上のAIと直接繋ぎ、有機物と無機物を融合させる未来は、もはやSFではない。

我々が手に入れようとしている力は、かつての神話の神々が振るった奇跡と何ら変わりない。しかし、その強大な力を手にするプロセスで、私たちが人間らしさの根幹として大切にしてきた「脆さ」や「死」という名の有限性までもが、不要なバグとして消去されてしまう。

悲しみや老い、そして死。これらが完全にプログラミングで排除されたとき、私たちはもはや人間(サピエンス)ではない。かつて歴史がSFを追いかけていた時代は終わり、今や人類の欲望そのものが、最も過激なSFの世界を現実のものとして書き換えているのだ。

全知全能で「目的のない」孤独な漂流者

ここには、現代文明が直面する最大のパラドックスが横たわっている。 我々はかつてないほどの圧倒的な力を手に入れた一方で、「その力を使って一体何がしたいのか」という目的を完全に見失っているのである。

カヌーから巨大な宇宙船へと乗り物は劇的に進化した。しかし、目指すべき港がどこにあるのか、誰も羅針盤を持っていない。ただ死を遠ざけ、脳内に化学的・デジタルな幸福感を24時間充満させるようになったとして、そこにどのような「生きる意味」が見出せるのだろうか。

ハラリは警告する。「自分が何を望んでいるかすら理解していない、不満な神々ほど危険なものはない」。 欲望を無限に叶える力を持ちながら、その欲望の正体すら知らない。全知全能に近づきながらも、その実、宇宙で最も目的のない存在になり果てようとしている孤独な主権者。それが、ホモ・デウスへと向かう私たちの未来の姿なのだ。

それは西洋人が大好きな「終末論」のポエムか

ハラリの描くこの壮大でドラマチックなシナリオは、世界中の知識人を熱狂させた。しかし、戦略的な大人であれば、この熱狂から少しだけ「距離」を置いて世界を眺める冷徹さが必要だ。

日本の思想家・東浩紀などが度々指摘するように、この「歴史が劇的なクライマックスを迎えて人類が神の領域に達する(あるいは破滅する)」というシナリオは、ユダヤ・キリスト教的な文化圏の人々がこよなく愛する「終末論(エスカトロジー)」の構造を、最新のテクノロジー用語でパッケージし直しただけのリフレイン(反復)に過ぎないとも言える。

現実の我々は、全知全能で孤独な「神」などという崇高なものにはならないだろう。 むしろ、AIやアルゴリズムが提供する快適な環境の中で、無限に流れてくる動画や「いいね」という小さな快楽を反射的に消費し続けるだけの、高度に飼い慣らされた「動物」になる可能性の方がはるかに高い。 そこにはハリウッド映画のような「歴史の劇的な終焉」などなく、ただダラダラと快適で退屈な「終わらない日常」が続くだけなのだ。

「有限」を愛するための光学ギア

我々が崇高な「神」になるにせよ、快適怠惰な「動物」になるにせよ、無限のデータとAIが支配する未来で確実に消え去るものがある。それは、「脆さ」や「有限性」という、かつて人間らしさの根幹だったバグである。

スマホのカメラが失敗した写真を何度でも自動補正してくれる現代、私たちはすでに「無限のやり直し」という力の一部を手に入れている。この快適すぎる退屈へのレジスタンス(抵抗)として、あえて不便なアナログギアを日常に取り入れることを提案したい。

例えば、いつかは手にしたい至高の工芸品である『Leica(ライカ)の機械式フィルムカメラ(特に電池すら一切使用しないM-A)』。あるいは、現代の最も身近な日用品である『富士フイルムの写ルンです』や、撮ったその場で物理的な写真が排出される『チェキ(instax)』だ。

値段や用途は違えど、これらが持つ哲学は全く同じである。それは「撮れる枚数に絶対的な限界があり、AIの補正はおろか露出計の助けすら借りられず、現像(プリント)するまで結果がわからない」ということだ。

値段や用途は違えど、これらが持つ哲学は全く同じである。それは「撮れる枚数に絶対的な限界があり、フィルター加工もやり直しもできず、現像(プリント)するまで結果がわからない」ということだ。

特にチェキのようなインスタントカメラは、シャッターを切った瞬間、やり直しのきかない時間を「物理的な物体」として強制的にこの世界に出現させる。手ぶれし、ピンボケし、暗く沈んだその不完全な写真にこそ、AIには描けない「人間の脆さと、一回性の美しさ」が宿る。

今夜、ハラリの壮大な終末論の本を閉じ、神の座から降りよう。 そして、残された数枚のフィルムを巻き上げ、ファインダーを覗き込むとき、あなたはこの世界が「限りがあり、やり直しがきかないからこそ美しい」という残酷で愛おしい真実を、指先から思い出すはずだ。

『サピエンス全史』シリーズ (全6回)

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