搾取すらされない「無用者階級」の絶望を、最高の贅沢に変える方法【『ホモ・デウス』4/6】
「ブラック企業」で働けるだけ、まだマシだった?
「上司に理不尽にこき使われる」「給料が労働に見合っていない」。現代の労働者が抱えるこれらの切実な不満は、数十年後には「古き良き時代の贅沢な悩み」として歴史の彼方に消え去るかもしれない。
『ホモ・デウス』において、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが突きつける最も冷徹で残酷な予言、それが「無用者階級(ユースレス・クラス)」の誕生だ。
20世紀までの支配者(エリート層や資本家)は、軍隊や工場を動かすための「労働力」としての大衆を必要としていた。だからこそ、劣悪な環境であれ雇用を与え、最低限の教育や医療を施し、彼らから労働力を「搾取」した。 しかし、AIとロボットがあらゆる肉体労働と知的労働を肩代わりする21世紀において、エリート層にとっての大衆は「搾取する価値」さえ失う。
ハラリは警告する。未来の社会で最大の脅威は、AIがターミネーターのように人間に反乱を起こすことではない。人間が経済・軍事システムにとって「完全に無価値」と判断されることだ。 「お前は役に立たないから、もはや搾取すらしない」。社会から完全に無視され、存在そのものが透明化される恐怖に比べれば、誰かに必要とされ、文句を言いながらブラック企業で労働を搾取されていた日々は、実は幸福な時代だったと懐かしむことになるのである。
クリエイティブなら生き残れるという「甘え」
「自分は単純労働ではなく、クリエイティブな仕事をしているから大丈夫だ」と高を括っているなら、今すぐその傲慢な認識を改めた方がいい。ハラリによれば、芸術や直感といった人間の「聖域」でさえ、AIのアルゴリズムによる侵食は免れない。
私たちが「独自の創造性」と呼んで尊んでいるものの多くは、実は膨大な過去のデータパターンを無意識に再編集しているに過ぎない。そして、パターン認識と再構築において人間がAIに勝つことは、物理的に不可能だ。すでにAIはバッハ風の完璧な交響曲を作曲し、数秒で人間の心を動かすキャッチコピーやイラストを生成している。
医師、弁護士、教師、そしてプログラマーやライター。かつて「人間にしかできない」とされた高度な専門職ほど、アルゴリズムによる代替の波は早く、そして容赦なく押し寄せる。残されるのは、エリート層が管理するアルゴリズムの下で、「ただそこに存在し、配給を受け取るだけ」の無用者たちの群れである。
暇つぶしという名の「新しい仕事」
では、あらゆる労働から解放され、経済的価値を失った大多数の無用者たちは何をして過ごすのか。ハラリが提示する未来図は、強烈な皮肉に満ちている。それは「VR(仮想現実)ゲームと薬物」だ。
ベーシックインカムのような最低限の配給を受け取り、仮想現実の世界で勇者になって承認欲求を満たし、抗うつ剤や快楽物質で生化学的に幸福感を持続させて一生を終える。 これまで私たちが信じてきた「労働を通じて自己実現する」「社会に貢献して他者から承認を得る」という人生のモデルは完全に崩壊する。朝起きて、誰からも必要とされず、ただ死ぬまでの時間を潰すためだけに生きる苦痛。それに耐えられる精神力を持っている人間は、そう多くはない。
「究極の無用(ユースレス)」を先取りする大人のギア
この絶望的なシナリオに対し、現代のビジネス書は「だからこそAIを使いこなし、リスキリング(再教育)して生き残れ!」と声高に叫ぶ。 しかし、そんなものは資本主義のラットレースで少しでも延命しようとする「奴隷の足掻き」に過ぎない。AIに勝とうとするな。脳のOSをアップデートして生産性を上げようとするその行為自体が、すでにシステムに都合よく踊らされている証拠だ。
システムから「無用」の烙印を押される恐怖に打ち勝つ有効な方法は、自ら進んで「システムにとって1円の価値も生み出さない、究極の無用(無駄)」を先取りし、それを最高の贅沢として味わい尽くすことである。
ジェニー・オデルが著書『何もしない』の中で、資本主義への最大の反逆として「バードウォッチング」を推奨したように、私は今週末、『Nikon(ニコン)の高級双眼鏡』を手に入れて森へ向かうことを提案したい。 木の上にいる野鳥を数時間眺める行為は、キャリアにも年収にも一切結びつかない「完全なる無用」だ。
あるいは、自宅のテーブルに『純白のマイクロピース・ジグソーパズル』を広げるのもいい。何十時間もかけて完成させたところで、そこには何の絵も現れない。ただの白い四角形ができあがるだけだ。AIには、この非効率で無意味な苦行に没頭する人間の心理が理解できない。
これからの時代、生産的であることはAIの仕事だ。「無用(ユースレス)」であることを恐れるな。誰の役にも立たず、1円の価値も生まない行為に没頭できることこそが、無用者階級というディストピアをユートピアに変える、人間に残された最後の特権なのである。
『ホモ・デウス』シリーズ (全6回)





前作『サピエンス全史』シリーズ (全6回)





