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「送料無料」があなたの給料を奪う。コンテナが殺した距離と、労働者の敗北【『コンテナ物語』3/4】

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「距離」が死んだ日

もし、明日から全ての送料がタダになったら、世界はどうなるか。 コンテナが登場する前、モノを海外へ運ぶコストは莫大だった。製品価格の25%が運賃で消えることも珍しくなかった。だから、工場は消費者の近く、つまりニューヨークやロンドンのような大都市に置くしかなかった。

しかし、マルク・レビンソンが『コンテナ物語』で指摘するように、コンテナはその常識を破壊した。輸送コストは劇的に下がり、今や地球の裏側からテレビを運んでも、その運賃は製品価格のほんの数パーセント、あるいは「誤差」のようなものになった。経済学者が言うところの「距離の死」である。この瞬間、私たちの世界は決定的に変わってしまった。

消費者としての勝利、労働者としての敗北

私たちは、ある種「分裂症的」な矛盾の中で生きている。 週末になれば、100円ショップでカゴいっぱいに雑貨を詰め込み、ファストファッションで「今シーズン限り」の服を買い漁る。レジで支払う金額の安さに、私たちは「賢い消費者」としての勝利を噛み締める。すべては、コンテナが輸送コストを「消滅」させてくれたおかげだ。

だが、月曜の朝、労働者としての顔に戻ったとき、景色は一変する。「なぜ給料が上がらないんだ?」「なぜ正社員の枠が減り、非正規ばかり増えるんだ?」 その答えの一部もまた、コンテナにある。

かつて先進国の労働者が高い賃金を得ていたのは、私たちが特別に勤勉だったからでも優秀だったからでもない。単に「市場(消費地)の近くに住んでいた」という、地理的な特権に守られていただけだ。昔は、遠くから運ぶと送料が高くついた。だから企業は、給料が高くても、渋々近場の人間(私たち)を雇うしかなかったのだ。

底辺への競争(レース・トゥ・ザ・ボトム)

しかし、コンテナがその「送料の防波堤」を粉砕してしまった。壁がなくなった瞬間、資本は水のように低い方へと流れる。企業は冷徹に計算する。「送料がタダ同然なら、時給20ドルのアメリカ人より、時給50セントのベトナム人を雇えばいい」。

私たちが100円ショップで安さを謳歌しているその瞬間、私たちは自分自身の首を絞めていることになる。私たちは今、見えないワイヤーで繋がれた地球の裏側の労働者と、「どちらが安く働けるか」という、終わりのない「底辺への競争(レース・トゥ・ザ・ボトム)」をさせられているのだ。この残酷な構造こそが、グローバリゼーションの正体である。

今さら慌てて国境に高い壁を作り、関税という名の人工的な岩を積み上げて「古き良き時代」を取り戻そうとする政治家もいる。だが、一度壊れた「距離」という自然の防波堤は、どんなに声を張り上げても、二度と元には戻らない。コンテナというパンドラの箱が開いてしまった以上、私たちはもう、この流動的な世界で泳ぐしかないのだ。

「安さ」中毒から抜け出す一着

このシステムを批判するのは簡単だ。だが、iPhoneを使い、安いコーヒーを飲みながらそれを言うのは偽善だろう。私たちはこの世界を選んでしまった。 それでも、個人としてできる「小さな抵抗」はある。それは「長く使うもの」を選び、使い捨てのサイクルから降りることだ。

私が提案したいのは、パタゴニアの『レスポンシビリティーTシャツ』だ。この製品は、リサイクル素材を100%使用し、縫製した労働者に公正な賃金が支払われる「フェアトレード・サーティファイド」の工場で作られている。単なるTシャツではない。「安さ」ではなく「正しさ」に金を払うという意思表示だ。一度買えば数年は着られるタフな相棒と共に、安売りの波に流されず、自分の価値を安売りしない生き方を選ぼう。

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