「私は自分が作った怪物の正体を知らなかった」【『How to Build a Car』1/3】
モータースポーツの頂点に君臨する「走れる設計者」
F1(フォーミュラ・ワン)。それは時速300キロを超える極限の世界であり、世界中の自動車メーカーが威信をかけて争う、モータースポーツの最高峰だ。この苛烈な技術戦争において、過去数十年にわたり「空力の神」「優勝請負人」として崇められてきた一人の男がいる。『How to Build a Car』著者、エイドリアン・ニューウェイだ。彼が設計したマシンは何人ものチャンピオンを獲得し、ウィリアムズ、マクラーレン、レッドブルといった名門F1チームの運命を決定づけてきた。
しかし、同氏は単に製図板に向かうだけのガリ勉ではない。ヘルメットを被り、ル・マン24時間レースやグッドウッド・リバイバルでステアリングを握る、筋金入りの「アマチュアレーサー」という顔も持っている。自分で設計し、自分で走る。その自負があったからこそ、1993年、彼は自らの最高傑作「ウィリアムズFW15」のテストドライブを志願した。
だが、著書のプロローグで描かれるのは、その自信が無残に打ち砕かれる様だ。雨のポール・リカール・サーキット。コックピットに身体を滑り込ませた瞬間、彼は後悔した。そこは窒息しそうなほどの閉所恐怖症(claustrophobia)と、エンジンが背骨を直接殴打してくるような暴力的な振動に支配されていた。
自分が作った「怪物」に殺されかけた日
「私はこんな狭い棺桶にレーサーたちを押し込め、時速300キロで走らせていたのか」。彼は初めて、自分が作り出したものの正体を知った。アマチュアレベルの経験など通用しない。彼が作ったのは、人間が乗るための車ではなく、物理法則をねじ伏せるための「怪物」だったのだ。数値上は完璧な空力ボディも、中にいる人間にとっては拷問器具でしかなかった。
この身体的な「痛み」の記憶こそが、その後の彼の設計哲学を変えた。速さとは、単に数値を上げることではない。ドライバーの恐怖心を取り除き、マシンと一体化させることだ。彼は恐怖に震えながらエンジンを始動させ、コースへと出て行った。1993年のその日、天才エンジニアは「現場のリアリティ」という、データには表れない最大の変数を学んだのである。
スパコンに勝つための「手書き」という演算処理
ニューウェイは、CAD(設計ソフト)全盛の現代においても、いまだに巨大な製図板(ドローイング・ボード)に向かい、鉛筆で線を引く「最後の恐竜」としても有名だ。だが、それは懐古趣味ではない。彼は「コンピューターの画面では、全体のバランス(パッケージング)が見えなくなる。」と言う。
彼は脳内で、フロントウィングからリアのディフューザーへ抜ける「風の道」を完全にシミュレーションし、それを等身大の図面として手書きで出力する。その精度は凄まじく、彼が鉛筆で引いたラインをCADでスキャンすると、数ミリの誤差もなく部品同士が噛み合うという。彼にとって手書きとは、脳の演算速度を落とさずにアイデアを定着させるための、最速の出力インターフェースなのだ。
赤いノートにスクラッピングし、脳内カオスを支配せよ
そんな彼の思考プロセスを象徴し、F1の中継映像でも印象的なアイテムが、彼の抱える「赤いA4ノート」だ。彼はそこに清書するのではなく、走り書きしたA4の裏紙といった「アイデアの断片(スクラップ)」を挟み込むための、単なる「ホルダー」として使っているそうだ。カオスな閃きを、物理的な束として管理する手法である。
私もこのスタイルを模倣し、思考の管理を二つの「赤」に委ねている。本来なら彼と同じ英国製の赤いハードカバーノートが欲しいところだが、入手困難なため、ロルバーンの赤いリングノート(A4でなくA5)とコクヨの赤いバインダーで代用している。ニューウェイのように現場や出先で気づいたこと、日々の走り書き、チラシの裏のメモを無造作に挟み込む。そしてデスクに戻ってから、それらを論理的な構造へと組み上げる。この物理的な「挟む」という行為が、直感と論理のスイッチを切り替えるトリガーとなる。
赤は、レースの世界では「危険」や「停止」を意味する警告色だ。だが、ニューウェイにとってはこの赤こそが、暴れまわる物理法則やカオスなアイデアを繋ぎ止め、制御下に置くための情熱の色なのだ。かつて彼がFW15という怪物の恐怖を知ったように、創造とは常に暴走の危険を孕む。だからこそ、情熱をもって、私たちはその怪物を生むアイデアたちをこの赤いバインダーに挟み込み、まとめあげていかねばならない。それこそが、あなたが人生というマシンをコントロールするということではないだろうか?