「自由な選択」は不幸の始まり。ジャムの実験と制服化戦略【『選択の科学』2/3】
24種類のジャムが生む「麻痺」
選択肢は多ければ多いほど良い。これは自由主義経済の基本的なドグマであり、私たちはそう信じて疑わない。スーパーには50種類の洗剤が並び、ネットフリックスには一生かかっても見切れない映画がある。だが、『選択の科学』の著者、シーナ・アイエンガーが行った有名な実験は、この信念に冷や水を浴びせた。ある高級スーパーの試食コーナーで、2つの条件を比較したのだ。
Aは24種類のジャムを並べたテーブル。Bは6種類のジャムを並べたテーブル。結果、多くの客が足を止めたのはA(24種類)だった。しかし、実際にジャムを購入した人の割合はどうだったか。Aの購入率はわずか3パーセント。対してB(6種類)の購入率は30パーセントに達した。つまり、選択肢を減らした方が、売り上げは10倍になったのだ。人間は選択肢が多すぎると、選ぶこと自体をやめてしまう。
自由という名の「義務」
なぜこんなことが起きるのか。それは選択という行為が、脳にとって巨大なエネルギーを消費する重労働だからだ。選択肢が増えるほど、私たちはどれがベストかを比較検討し、間違ったものを選んで後悔したくないというプレッシャーに晒される。その負荷が限界を超えた時、脳はショートし、決断そのものを放棄する(決定回避の法則)。
あるいは、何かを選んだ後も、あっちの方が良かったかもしれないという未練(機会費用)に苛まれ続ける。現代社会において、自由はもはや権利ではなく、絶え間ない決断を強いる義務と化している。朝の服選びからランチのメニュー、投資信託の銘柄まで。私たちは一日中、小さな決断で脳のCPUを浪費し、夕方にはヘトヘトに疲弊している(決断疲れ)。これでは、本当に重要な人生の決断などできるはずがない。
決断を捨てるための「制服」
賢明なリーダーたちは、この罠を本能的に理解している。スティーブ・ジョブズは三宅一生の黒のタートルネックしか着なかった。マーク・ザッカーバーグはBrunello CucinelliのグレーのTシャツしか着ない。バラク・オバマはCanaliのスーツの色をグレーか紺に限定していた。彼らはファッションに無頓着なのではない。むしろ、最高にこだわって選び抜いたシンプルな選択を一度している。一旦最高の選択をしたあとは、何を着るかという些末な選択で、有限なウィルパワー(意志力)を磨耗させることを拒否しているのだ。
私たちもまた、日常の選択肢を意図的に減らす必要がある。クローゼットを開けた時、色とりどりの服が私を選んでと叫ぶノイズから解放されること。そこに必要なのは、清潔で、シンプルで、信頼できる白い布だけだ。白紙のようなTシャツに袖を通す時、脳はクリアな状態で一日を始めることができる。
白紙に戻るための儀式(と、ジャムの正解)
私が提案する制服は、ヘインズ(Hanes)のビーフィーTシャツだ。肉厚で透けず、洗濯するほど肌に馴染むタフな相棒。一枚で着ても様になり、インナーとしても優秀なこの正解をクローゼットに複数枚常備しておけば、毎朝の服選びという無駄な会議は消滅する。
最後に、アイエンガー教授の実験に敬意を表して、ジャムの正解も一つだけ提示しておこう。沢屋のストロベリージャムだ。24種類のジャムの前で立ち尽くす必要はない。国産のイチゴがゴロゴロと入ったこの瓶を一つ買えばいい。選択肢を捨てることは、不自由になることではない。迷いから解放され、本当に美味しいものを味わう時間を手に入れることなのだ。