クローゼットという名の「最終処分場」
『寄付』という名のゴミ捨て
「着なくなった服はリサイクルショップや寄付に出せばいい」。そう思っているなら、あなたは善良だが、少し世間知らずだ。
例を挙げよう。慈善団体サルベーション・アーミーやグッドウィルに持ち込まれる大量の古着。これらの組織は、市民から寄付された不用品を、彼らが運営するリサイクルショップで販売し、その収益を貧困者支援や職業訓練に充てる。米国では生活に根ざした巨大な非営利組織だ。
人々は、「ここに持ち込めば、自分の服が誰かの役に立つ」と信じて疑わない。 だが、現実は残酷だ。彼らの倉庫には処理能力を超える服が雪崩のように押し寄せており、実際に店頭で売れて誰かの手に渡るのは、わずか20%以下に過ぎない。
では、残りの80%はどうなるのか? 業界用語で「ラグ・アウト(Rag-out)」と呼ばれる、つまりは廃棄ルート行きだ。 店から撤去された服は、巨大な選別倉庫へと運ばれる。そこでは、売れ残った服が業務用のプレス機にかけられ、半トンのブロック状に圧縮されて、「俵(ベール)」のように積み上げられる。 それらは繊維業者に二束三文で売られ、工業用のウエス(雑巾)になるか、断熱材になるか、あるいはアフリカなどの発展途上国へ輸出される。
かつては、アフリカへ送れば喜ばれたかもしれない。だが今は違う。 現地のバイヤーたちも、先進国から送りつけられる「ゴミ」にうんざりしている。破れたジッパー、伸び切ったゴム、数回洗っただけで毛玉だらけになるポリエステルの塊。 『慈善活動』だと思ってやっていることは、実のところ、先進国の消費者が罪悪感を消すための『無料のゴミ処理』に過ぎないのだ。
「品質」の定義が変わった
なぜ、これほどまでに服がゴミになるのが早いのか。 それは、ファストファッション業界が「品質」の定義を書き換えてしまったからだ。 かつて品質とは「長持ちすること」「縫製がしっかりしていること」を意味した。 だが今の品質とは、「客が店に返品に来ない程度」、あるいは「次のトレンドが来るまでの数回洗濯に耐えられること」だ。
ファストファッションの商品を試しに着てみてほしい。「低価格だからといって使い捨てとは限らない」と彼らは言うかもしれない。だが、現実は残酷だ。 生地は薄くなり、縫い目は荒くなり、裏地は省略される。ボタンはすぐに取れ、型崩れはデフォルトだ。
クライン氏の書籍内でも業界関係者はこう漏らす。「今日における品質という言葉の意味は、かつてとは全く異なる。どうやら『最低(lousy)ではない』という意味らしい。」つまり、「素晴らしい」のではなく、「文句が出ない程度のマシな服」。それが、私たちが身にまとっているものの正体だ。
計画的陳腐化
さらに悪いことに、物理的に壊れる前に、私たちの心がその服を捨てるようにプログラムされている。 昔、服の流行は季節ごとに変わった。今は「週単位」だ。
スマホを開けば、SHEIN、ZARA、ZOZOには毎日何千という新作が並ぶ。消費者を飽きさせず、常に「今の服はもう古い」と感じさせるためだ。 これを『計画的陳腐化』と呼ぶ。 昨日届いたばかりのジャケットが、来週には『時代遅れ』に見えるように仕組まれているのだ。このサイクルの中にいる限り、私たちのクローゼットは永遠に満たされず、ゴミの山だけが高くなっていく。
今日のコツ:繕う(つくろう)反逆者になれ
使い捨て文化への最大の抵抗、それは「直して着る」ことだ。 ボタンが取れたら付け直す。裾がほつれたら縫う。かつては当たり前のことが、今やパンクロックのような反逆行為になった。 安易に新しいものを買わず、手持ちの服をメンテナンスして延命させる。それは単なる節約ではない。消費のランニングマシンから飛び降りるための、知的な意思表示であり、以外と楽しい。
