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ホールフーズの野菜は本当にエコなのか――「有機」という言葉の罠【『雑食動物のジレンマ』3/6】

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「オーガニック」というラベルが隠すもの

我々の食卓に並ぶ「オーガニック」と表示された食品は、多くの場合、健康や環境に配慮されたイメージを伴う。しかし、そのラベルが示すものが、必ずしも我々の抱く理想と一致するとは限らない。食のジャーナリストであるマイケル・ポーランは、著書『雑食動物のジレンマ』の中で、スーパーマーケット、特にホールフーズのようなオーガニック食品を扱う店での買い物風景を詳細に描いている。同氏がショッピングカートの中身を追跡した際に明らかになったのは、例えば「オーガニック」のレタスがカリフォルニアから、リンゴがチリから、そしてアスパラガスがアルゼンチンから輸送されている現実であった。これら輸入された食品の中には、原産国から1,500マイル(約2,400km)以上もの距離を旅して店頭に並ぶものも珍しくない。有機栽培であることは確かであろうが、その輸送に要する燃料や排出される二酸化炭素量を考慮すれば、一般的な消費者が「エコ」という言葉に抱くイメージとは大きな隔たりがあることが理解できる。この事実が示すのは、「オーガニック」というラベルが、食料がたどる道のりやその環境負荷の全体像を語らないという、ある種の情報の非対称性である。

インダストリアル・オーガニックの台頭

かつて「オーガニック」という概念は、小規模な農場が地域の消費者に直接販売する、持続可能で地域密着型の農業を想起させた。しかし、オーガニック食品市場の拡大に伴い、その様相は大きく変貌を遂げた。マイケル・ポーランが「インダストリアル・オーガニック(工業型有機農業)」と呼ぶ新たな形態が台頭したのである。この現象を象徴するのが、カスケイディアン・ファームの事例である。元々、ワシントン州北西部に位置するこの農場は、ヒッピーが始めた実験的な有機農場であり、地域社会と密接に結びついた理念を体現していた。しかし、その成功とオーガニック市場の成長を背景に、カスケイディアン・ファームは最終的にゼネラル・ミルズのような巨大食品企業のブランドとして吸収されることになった。この変遷は、オーガニック農業がその初期の理想から乖離し、大規模化と効率性を追求する一般的な工業型農業の論理へと組み込まれていく過程を示唆している。もはやそこには、小規模農家が手塩にかけて育てた野菜や、地域の生態系に配慮した多様な栽培といったイメージは存在しない。

認証基準の盲点

「オーガニック」ラベルが付与されるためには、厳格な認証基準を満たす必要がある。例えば米国では、USDA(米国農務省)が定めるオーガニック認証がその信頼性を担保している。これらの基準は、合成農薬、化学肥料、遺伝子組み換え作物、下水汚泥の使用を禁止し、抗生物質や成長ホルモンを使用しない畜産を義務付けている。確かに、これらの基準は我々の健康と環境保全の一側面を守る上で重要な役割を果たしている。しかし、マイケル・ポーランが指摘するように、認証基準が示すものと示さないものには大きなギャップが存在する。

具体的には、前述の「フードマイル」すなわち食料の輸送距離、あるいは生産に携わる労働者の労働環境や賃金、さらには単一作物の大量栽培(モノカルチャー)がもたらす生態系への影響といった要素は、オーガニック認証の対象外とされているのである。アースバウンド・ファームのような大規模な有機農業企業が広大な土地で単一の有機野菜を栽培する姿は、農薬不使用という点を除けば、従来の工業型農業と本質的に何が違うのかという疑問を抱かせる。土壌の健康や地域の生物多様性、そして社会的な公正といった、本来オーガニックが目指したであろう包括的な価値観は、現在の認証システムでは必ずしも保証されないのである。

ラベルの向こう側にある真実

我々は日々、膨大な情報と選択肢に晒されながら生きている。食料品の買い物においても、「オーガニック」という「良いラベル」は、消費者にとって安心と信頼の目印となり、思考を停止させる誘惑を伴う。しかし、そのラベルが、我々の食料がどのようなシステムを経て食卓に届くのか、その全体像を曖昧にする危険性があることは既に述べた通りである。生産者と消費者の間には常に情報の非対称性が存在し、企業は往々にして、自社にとって都合の良い情報を選別し、消費者に提示する。この状況下で、我々が真に持続可能で、倫理的な食を選択するためには、表面的なラベルの言葉に惑わされず、その裏側にある生産プロセス、輸送経路、そして社会的な影響といった多角的な側面を自ら深く掘り下げて理解しようとする姿勢が求められる。それは決して容易なことではない。しかし、我々がどのような食を望むのか、その選択がどのような未来を形作るのか、改めて自問自答する必要がある。我々が直面する情報過多の時代において、表面的なラベルに惑わされず、その裏側にある真実を見抜く洞察力は、食の選択だけでなく、あらゆる意思決定において重要となる。

この複雑な意思決定のメカニズムについてさらに深く考えるならば、ファスト&スロー』ダニエル・カーネマン著を手に取ってみてはどうだろうか。人間の思考がいかに二つのシステムによって動かされ、時に直感に頼り、時に熟考を要するのか、その本質を理解することで、より賢明な選択ができるようになるはずだ。

『雑食動物のジレンマ』シリーズ(全6回)

あなたの食事の正体を知っているか――トウモロコシという名の支配者【『雑食動物のジレンマ』1/6】
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牛はなぜ病気になるのか――工業型農場が隠している不都合な現実【『雑食動物のジレンマ』2/6】
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なぜこの農場は農薬も補助金も必要としないのか【『雑食動物のジレンマ』4/6】
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引き金を引く前に考えたこと――食べることの倫理と哲学【『雑食動物のジレンマ』5/6】
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食べることは世界を選ぶことだ――完璧な一食が教えてくれること【『雑食動物のジレンマ』6/6】
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『The Omnivore’s Dilemma』シリーズ(全6回)

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Kの視点

記事が「認証基準の盲点」として挙げた問題点——フードマイル、労働環境、モノカルチャー——は正確だが、原書が掘り下げるもう一つの核心が抜けている。ポーランは、オーガニック認証を取得した大規模農場が、合成窒素こそ使わないものの、依然として化石燃料に深く依存した構造の上に成立していることを指摘する。「太陽エネルギーへの依存からの脱却」こそが工業型農業の本質的な転換点だとするなら、インダストリアル・オーガニックはその転換を中途半端にしか否定していない。農薬を排除しても、輸送・冷蔵・機械稼働のエネルギー源が化石燃料のままである限り、オーガニックラベルが示す「環境への配慮」は部分点に過ぎない。

日本市場に引きつけると、この問題はさらに複雑な様相を帯びる。日本の有機JAS認証もUSDAと同様、フードマイルや炭素排出量を審査対象としていない。国産有機野菜というだけで「エコ」と見なされがちだが、ハウス栽培であれば燃油消費は相当なものになる。「有機かつ国産」という組み合わせが消費者の思考停止を二重に促す構造は、ホールフーズの棚と本質的に変わらない。

記事の末尾はカーネマンへの言及で締めくくられているが、ポーランが本当に問うているのは認知バイアスではなく政治経済の問題だ。消費者の「洞察力」に解決を委ねる視点は、著者の立場からすればむしろ問題の矮小化に映るはずである。 — K

『The Omnivore’s Dilemma』シリーズ(全6回)

あなたの食事の正体を知っているか――トウモロコシという名の支配者【『雑食動物のジレンマ』1/6】
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牛はなぜ病気になるのか――工業型農場が隠している不都合な現実【『雑食動物のジレンマ』2/6】
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なぜこの農場は農薬も補助金も必要としないのか【『雑食動物のジレンマ』4/6】
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食べることは世界を選ぶことだ――完璧な一食が教えてくれること【『雑食動物のジレンマ』6/6】
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