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オーストラリアのカウボーイはマグロを養殖した【『スシエコノミー』5/6】

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オーストラリア南端のマグロ牧場が起こした革命

『スシエコノミー』著者でジャーナリストのサーシャ・アイゼンバーグは、南オーストラリアのポートリンカンで起きたマグロ養殖革命を詳細に描き出している。南オーストラリアのポートリンカンは、かつては遠洋漁業の拠点として知られる小さな港町であった。しかし、20世紀末から21世紀初頭にかけて、この地で世界の水産業界に大きな影響を与える画期的な試みが始まったのである。

それは、野生のミナミマグロを捕獲し、沖合の広大な生け簀に移して肥育するという「マグロ牧場」の誕生であった。従来の養殖が卵から育てる完全養殖を目指すのに対し、ポートリンカンの方式は、天然の若魚を捕獲し、人間の手で成長を促進させるというハイブリッドなアプローチである。この方法は、天然資源への依存を完全に断ち切るものではないが、漁獲後すぐに売却する必要がなくなり、計画的な出荷が可能となる点で、漁業のビジネスモデルを大きく変革するものであった。広大な海を囲うように設置された生け簀の中を、マグロの群れが悠々と泳ぎ、質の良い餌を供給することで、天然では得られないような安定した脂の乗ったマグロが出荷されるようになった。これは、日本の寿司文化を支える高級食材のサプライチェーンに、新たな選択肢を提示することになったのである。

マグロカウボーイからマグロバロンへ

ポートリンカンのマグロ牧場を支えたのは、長年にわたり荒波の海でマグロを追ってきたベテラン漁師たちであった。彼らは荒々しい海でマグロと格闘し、文字通り「マグロカウボーイ」として知られていた。しかし、乱獲や漁獲規制の強化により、従来の漁業だけでは生計を立てることが困難になりつつあった。そのような状況の中で、彼らは自身の持つマグロに関する深い知識と経験を活かし、養殖という新たな道へと足を踏み入れたのである。野生のマグロを捕獲し、生け簀へと誘導する技術は、まさにカウボーイが家畜を扱うように、熟練した技術と勇気を要するものであった。初期の試行錯誤を経て、彼らは徐々に養殖技術を確立していった。安定供給が可能となり、市場価値の高い高品質なマグロを年間を通じて提供できるようになった彼らは、やがて地域の経済を牽引する存在となり、「マグロバロン」(マグロ男爵)と称されるまでになった。彼らの成功は、既存の漁業が直面する課題に対し、技術革新とビジネスモデルの転換がいかに重要であるかを示す実例となったのである。

日本の寿司文化における「天然」と「養殖」の価値論争

ポートリンカン発の養殖マグロが日本の市場に上陸した当初、日本の寿司職人や消費者の間では、大きな戸惑いと議論が巻き起こった。日本の寿司文化は長らく「天然物」こそが最上であるという価値観を重んじてきたからである。天然のマグロは、その個体差や漁獲される時期、漁場によって異なる独特の風味や食感を持つとされ、熟練の職人たちはその変化を読み解き、最良の状態でお客に提供することに美学を見出していた。

養殖マグロは、品質が均一で安定している一方で、天然物特有の複雑な味わいや野生味が少ないと感じる者も少なくなかった。しかし、養殖技術の飛躍的な進歩と、安定した供給量、そして何よりも脂の乗りと色の鮮やかさという点で、養殖マグロは市場で徐々にその存在感を増していった。一年を通して安定した品質のマグロを仕入れられることは、寿司店の経営者にとって大きなメリットであった。これにより、寿司業界では「天然」と「養殖」のどちらが優れているかという論争が続き、それぞれの価値を再評価する動きへと繋がったのである。

養殖技術は持続可能な漁業の解決策たり得るか

世界のマグロ資源は、過剰漁獲により減少の一途を辿っている。このような状況において、養殖技術は持続可能な漁業を実現するための重要な解決策の一つとして期待されている。ポートリンカン型のマグロ牧場は、天然の若魚をある程度まで利用するものの、最終的には資源への圧力を軽減し、安定した供給を可能にするという点で、資源管理の一助となる可能性を秘めている。また、より進んだ形態として、親魚から卵を採取し、完全に人工的な環境で成長させる「完全養殖」の研究も世界各地で進められている。

しかし、養殖技術が持続可能性の全ての課題を解決するわけではないことも認識しておくべきであろう。養殖マグロの餌として使用されるイワシやサバなどの小魚もまた、天然資源である。これらの小魚の乱獲が、新たな生態系への負荷となる可能性も指摘されている。さらに、生け簀の設置による海洋環境への影響や、病気の蔓延といった課題も存在する。養殖は、天然資源の枯渇に対する一つの有効な手段ではあるが、その実施にあたっては、環境負荷を最小限に抑え、生態系全体との調和を考慮した慎重なアプローチが求められるのである。

テクノロジーは自然の「代替」となり得るのか

ポートリンカンのマグロ牧場が示したのは、人間の技術と知恵が、自然の恵みをどのように利用し、さらに発展させられるかという可能性である。養殖という行為は、単に天然物を模倣するだけでなく、天然物では成し得ない安定した品質や供給量、さらには特定の部位の最適化といった新たな価値を創造してきた。これは、テクノロジーが自然の「代替」となり得るか、あるいは自然を「超える」存在となり得るかという、より大きな問いを私たちに投げかけている。寿司文化において「天然」が持つ伝統的な価値は依然として揺るぎないが、一方で「養殖」が提供する現代的な価値もまた、無視できない存在となっている。食の未来を考える上で、私たちはこのテクノロジーと自然の共存、あるいは対立というテーマと向き合い続ける必要がある。養殖されたマグロが食卓に並ぶ時、私たちはそこに人間と自然の関係性、そして食文化の進化の歴史を見ることができるのである。

テクノロジーと人間の知恵が、いかにして食の未来を形作ってきたかを考える時、その優れた成果の一つが、とろけるようなマグロの味わいであることは間違いない。ひとまず、「本マグロ大トロ 取り寄せセット」を手に取ってみてはどうだろうか。養殖技術が磨き上げた、安定した品質と豊かな脂の旨みが、きっとあなたの舌を魅了するはずだ。

Kの視点

記事本文はポートリンカンのマグロ牧場を「革命」と肯定的に描くが、原書第9章「Meanwhile, Back at the Ranch」が照射するのはもう少し複雑な絵図だ。本文では触れられていないが、アイゼンバーグはマグロ牧場の誕生を、乱獲規制への適応というより、既存の漁師コミュニティが自らの捕獲技術と地域的知識をそのまま「資本」に転換した過程として描いている。カウボーイがバロンになったのは技術革新の結果ではなく、むしろ既存のスキルセットを別のビジネスモデルに横滑りさせた結果に過ぎない。この点を見落とすと、牧場方式を「持続可能性への転換」と読みすぎる危険がある。

著者の主張が成立する前提として見落とせないのは、ミナミマグロという種固有の事情だ。ミナミマグロは回遊域が比較的限定的で、若魚の群れ捕獲が技術的に成立しやすい。クロマグロで同じモデルを展開しようとした地中海や大西洋の事例では、稚魚資源への圧迫が深刻な問題として浮上した。ポートリンカン型の「成功」は、対象魚種・海域・規制環境が揃った特殊条件下でのみ再現性がある。記事本文が「養殖技術の可能性」を論じる際、この種依存性の議論を省くと、汎用的な解決策として誤読されかねない。 — K

『スシエコノミー』シリーズ(全6回)

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