トラック野郎の逆襲
海の紳士たち、陸の野郎
1950年代、海運業界は「紳士のクラブ」だった。 彼らはマンハッタンの高級クラブでランチをとり、塩の香りを愛し、船を「彼女」と呼んで可愛がっていた。
なぜ彼らがそんな優雅な生活を送れたのか? 理由は「国策」だ。 戦時の輸送船確保という名目で、アメリカ政府が巨額の補助金を出し、外国船との競争から徹底的に守ってくれていたからだ。赤字が出れば税金で埋めてくれるのだから、誰も必死になって働かない。 彼らは顧客の荷物を運ぶことよりも、ワシントンの政治家へのロビー活動に熱心だった。結果、コスト意識は完全に欠落し、陸上輸送のシェアをトラックに奪われながら、税金という点滴で延命する「優雅な瀕死状態」にあった。
そこへ、ノースカロライナ州の田舎から一人の「トラック野郎」が殴り込みをかけた。 マルコム・マクレーン。元ガソリンスタンドの店員で、トラック一台から身を起こした男だ。彼は海のロマンなど微塵も気にしなかった。彼が気にしていたのは、ただ一つ。「金(コスト)」だ。
1937年のイライラ
マクレーンが「コンテナ」というアイデアを思いついたのは、1937年のニュージャージーの埠頭だと言われている。トラック運転手だった彼は、綿花を積んで港へ行ったが、荷下ろしのために一日中待たされた。炎天下、非効率な作業をイライラしながら眺めていた彼は思った。「トラックごと船に乗せちまえばいいじゃねえか」。
この逸話が本当かどうかはさておき、重要なのは彼が「船の都合」ではなく「トラックの都合」で物事を考えた点だ。 当時の海運業界の紳士たちは、「船という巨大な倉庫」をいかに隙間なく荷物で満たすか、という最適化に命を賭けていた。
彼らのやり方は、ある種「即興の芸術」だった。 考えてもみてほしい。大きさの違う木箱、形の定まらないコーヒー豆の麻袋、転がるドラム缶……。これら多種多様な荷物を、湾曲した船の船倉に、隙間なく美しく詰め込んでいくのだ。それは高度な幾何学的パズルであり、沖仲仕(スティーブドア)たちの長年の勘と経験だけが成し得る「匠の技」だった。
だが、その「美しく人間的なパズル」を完成させるために、船は何日も、時には何週間も港に釘付けにされる。 その芸術鑑賞の大きな代償として、船主の金は湯水のように海へ消えていたわけだ。
5.83ドルを16セントにする魔法
1956年4月、マクレーンは改造したタンカー「Ideal-X (アイデアル-X)」号に、58個のアルミ製の箱(コンテナ)を載せて送り出した。
正直言って、その船はフランケンシュタインのように醜かった。 古いタンカーの甲板に、無理やり鉄骨のデッキを溶接し、その上に箱を並べただけの代物だ。業界の紳士たちが「あんな箱舟、沈むに決まってる」と嘲笑したのも無理はない。
だが、マクレーンが叩き出した数字を見て、彼らの顔色は青ざめ、やがて土気色になった。 従来の方法で貨物を積むコストは、1トンあたり5.83ドル。 マクレーンのコンテナ方式は、1トンあたり0.158ドル(約16セント)。
勝負あり、だ。 コストが97%も下がるイノベーションを前にして、情緒や伝統は無力である。この瞬間、世界の物流は「芸術」から「工業」へと変わったのだ。
今日のコツ:不満こそが最強の燃料
マクレーンは天才エンジニアでも、エリート経営者でもなかった。ただの「せっかちな運送屋」だった。 だが、現場で感じた「なんでこんなにトロいんだ?」という純粋な怒りこそが、世界を変える原動力になった。
もしあなたが今の仕事の非効率さに腹を立てているなら、おめでとう。それはイノベーションの種だ。 ただし、それを実現するには、マクレーンのように業界全体を敵に回す覚悟と、数字への執着が必要になるけれど。
