「バッファ」を取り入れる。
ナイーブな楽観主義
私たちは皆、自動車のハンドルを握った瞬間、自分だけは特別なドライバーだと思い込む傾向がある。「ここから目的地まで、ナビの表示では60分か。よし、俺なら裏道を使って50分で着ける」。そう確信して家を出る。信号はすべて青で、工事渋滞はゼロ、前の車はモーゼの海割れのように道を譲ってくれるという、ありもしない前提で。
だが、現実はどうだ? 前を走る軽トラは信じられないほど遅く、全ての信号に引っかかり、おまけに突然のゲリラ豪雨まで降ってくる。結果、到着は70分後。約束の時間に遅れ、冷や汗をかきながら、ありきたりな言い訳を考える羽目になる。
これを心理学で「計画錯誤(プランニング・ファラシー)」と呼ぶ。人間には、物事がすべてベストケースで進むという幻想に基づいて計画を立てる、どうしようもない癖がある。私たちは未来に対して、あまりにもナイーブな楽観主義者なのだ。
効率化が生む「玉突き事故」
この病は仕事や生活のスケジュール管理においても深刻だ。多くの人は、スケジュール帳に「空白」があることを極端に恐れる。空気を運んでいるようで「無駄」に見えるからだ。だから、移動時間や休憩時間を削り、パズルのピースのように予定を隙間なく詰め込む。
まるで、彼らは、高速道路で前の車との車間距離を1メートルに詰めて走るドライバーと同じだ。確かに理論上は、そのほうが道路にたくさんの車が入るし、空間効率は最大化される。だが、前の車が少しでもブレーキを踏んだらどうなる? 即座に衝突事故が発生し、後続車も巻き込む大惨事(玉突き事故)になる。
人生のスケジュールもこれと全く同じだ。会議が10分伸びただけで、次の移動に遅れ、その焦りでミスをし、その修正で残業が確定し、結果として家族との夕食が消える。たった一つの些細な「想定外」が、ドミノ倒しのように一日を崩壊させる。私たちが「効率的」だと思ってやっていることは、実は「脆弱性」を高める行為でしかないのだ。
世界は予定表通りには動かない
グレッグ・マキューン氏は著書『エッセンシャル思考』の中で、「バッファ(緩衝)」を取ることの重要性を説いている。バッファとは、2つの動く物体の間に挟むクッションのことであり、車のエンジンで言えばオイルだ。それ自体は走る動力にはならないが、それがなければシステム全体が摩擦熱で焼き付き、バーストして停止してしまう。
多くの人は、トラブルが起きた時に「運が悪かった」「想定外だった」と嘆く。だが、厳しいことを言わせてもらえば、それは想像力の欠如であり、準備不足だ。世界はカオスであり、君のGoogleカレンダーに配慮して動いてはくれない。子供は急に熱を出し、プリンターは最も急いでいる時に限って壊れ、電車は遅れるものだ。
これらは「異常事態」ではなく、発生することが確定している「通常運転」の一部だ。それを見越して予定を組まないのは、雨が降ることを知っていながら傘を持たずに外出し、「濡れたのは雨のせいだ」と怒っているようなものである。
「50%上乗せ」した見積もりがプロの流儀
では、どうすればこの泥沼から抜け出し、人生のコントロールを取り戻せるのか? エッセンシャル思考の答えはシンプルかつ実践的だ。見積もりに「50%」を上乗せすることだ。1時間で終わると思う資料作成なら、1時間半の枠を確保する。30分で着く場所なら、45分前に家を出る。
「そんな暇はない」「それは時間の無駄だ」と反論するかもしれない。だが、試してみてほしい。早く着いて、静かな喫茶店で本を読みながらコーヒーを飲む15分と、遅刻しそうで駅の階段を駆け上がり、息を切らして謝罪する15分。どちらが「豊かな人生」だろうか? どちらが、より高いパフォーマンスを発揮できるだろうか?
余裕を持つことは、能力が低いことの証明ではない。むしろ、予測不能な現実(リアリティ)を直視し、それに対処できるだけの知性を持っている証だ。真のプロフェッショナルは、常にカバンとスケジュールに「空白」という名のエアバッグを忍ばせている。なぜなら、事故はいつだって、最も予期せぬタイミングで向こうから突っ込んでくるのだから
