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インフラという名の「透明な神」に祈りを捧げる【『Thanks A Thousand』2/3】

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スター選手ばかり見て、整備員を無視するな

ビジネスの世界では、目立つ成果を上げた人間や、派手なプレゼンをするリーダーだけが称賛される傾向にある。しかし、『Thanks A Thousand』著者、エスクァイア誌編集者A.J.ジェイコブズの旅は、スポットライトの当たらない「影の功労者」こそが社会の脊髄であることを暴き出す。彼が感謝を捧げた中には、ニューヨークの巨大な貯水池を管理する水道局員や、倉庫でパレットを運び続けるフォークリフトの運転手、害虫駆除の専門家たちが含まれている。

コーヒーの成分の98%は「水」だ。しかし、私たちは豆の産地や焙煎方法にはこだわっても、蛇口をひねれば安全な水が出るという奇跡には無頓着だ。同氏が水道局員に感謝を伝えたとき、彼らは驚き、そして誇らしげな顔をしたという。普段、彼らが注目されるのは「水が出ないとき」や「濁っているとき」という、クレームの嵐の中だけだからだ。当たり前に機能しているシステムにこそ、最大の敬意を払う。これは、組織で働く私たちにとっても、チームの本質を見抜くための重要な視点である。

「何もしない」ことの偉大さを知る

インフラの仕事の難しさは、「何も起きないこと」が最高の結果である点にある。橋が落ちない、電気が消えない、荷物が遅れない。この「平穏無事」を作り出すために、裏側でどれだけの点検とメンテナンス、そして危機回避の判断が行われているか。私たちは「何事もない日常」をゼロベースとして捉えがちだが、実はそれはマイナスを食い止める膨大な努力の上に成り立つプラスの状態なのだ。

著者は言う。感謝とは、この「透明化された努力」を可視化することだと。自分の仕事が誰にも評価されないと嘆く前に、自分自身が他人の仕事(例えば、このブログもスマホに表示されるために働いているサーバー管理者や、通信インフラの保守員)に気づけているかを問うべきだ。見えない仕事に気づける人間だけが、見えないところで人を動かし、組織全体を円滑に回すリーダーシップを持つことができる。想像力の欠如こそが、ビジネスにおける最大のコストなのだ。

蛇口をひねれば「命」が出る奇跡

この本を読んで改めて痛感したのは、日本の水道システムという巨大な遺産の凄まじさだ。著者の住むニューヨークもそうだが、蛇口をひねって出てくる水をそのまま飲める国など、世界でもごくわずかしかない。水源の森からダムへ、浄水場での高度な処理を経て、地下深くに張り巡らされた迷宮のようなパイプを通り、ポンプで押し上げられ、ようやく私のキッチンにたどり着く。

この水は、病原菌や汚染から徹底的に守られた、衛生の結晶だ。私たちは数百円のミネラルウォーターをありがたがって買うが、インフラとしての水道水がどれほどのテクノロジーと労力によって維持されているかを忘れがちだ。消毒のための塩素は、安全の証であり、私たちの命を守るための守護神の匂いでもある。まずは、この透明な液体が24時間365日、途切れることなく供給され続けている事実に、深い敬意を払うべきだろう。

守護神の鎧を脱がせ、コーヒーに花束を

しかし、こと「コーヒーを美味しく飲む」という一点においては、安全の証である塩素(カルキ臭)が、豆の繊細な香りを邪魔してしまうのも事実だ。インフラへの感謝と、味への追求。この二つを両立させるために、私は『ブリタの浄水ポット』を使っている。

これは水道水を否定するものではない。むしろ、長い旅をしてきた水に対し、「お疲れ様、ここからは鎧を脱いでいいよ」と労るような工程だ。専用のカートリッジを通すことで、安全を守ってくれた塩素だけを静かに取り除く。ポタポタとろ過される音を聞きながら、私はインフラを支える人々へ感謝し、そしてこれから淹れるコーヒーの味に期待を膨らませる。ただの水道水が、まろやかで澄んだ「コーヒーのための水」に生まれ変わる瞬間。この一手間こそが、日常の中に埋もれた奇跡を丁寧に磨き上げ、味わい尽くすための、私なりの作法なのだ。

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