直感はゴミ箱へ。人生の正解は「A/Bテスト」だけが知っている【『誰もが嘘をついている』3/3】
「直感」という名の老害
会議室でよく見る光景だ。経験豊富な上司が腕を組み、「俺の長年の勘では、Aのデザインの方が客に刺さるな」と宣う。そして部下たち全員はそれに従わざるを得ない。『誰もが嘘をついている』の著者セス・スティーヴンス=ダヴィドウィッツに言わせれば、これは「自殺行為」に等しい。
『誰もが嘘をついている』が示すビッグデータの世界において、人間の直感(Gut feeling)ほど当てにならないものはない。私たちの脳は、偏見、思い込み、そしてその日の気分によって簡単にバグを起こす。著者は断言する。「データが利用できるなら、直感など無視しろ」。専門家の予想よりも、単純なアルゴリズムの方が遥かに正確に未来を予測できることは、数々の研究で証明されているのだ。
オバマを救った「6,000万ドルのボタン」
直感よりもデータが優れていることを証明する、あまりに有名な事例がある。2008年のオバマ大統領の選挙キャンペーンだ。 陣営のスタッフたちは、寄付を募るウェブサイトのボタンになんと書くべきか議論していた。「登録する(Sign Up)」か、「今すぐ参加(Join Now)」か、それとも「詳細を見る(Learn More)」か。
彼らは議論をやめ、訪問者をランダムに振り分けて反応を見る「A/Bテスト」を行った。スタッフの大多数は「登録する」が勝つと予想していた。 だが、結果は衝撃的だった。最も寄付金を集めたのは、誰も予想していなかった「詳細を見る」だったのだ。このボタンの変更だけで、寄付金は6000万ドル(約70億円)も跳ね上がった。もし上司の「直感」に従って「登録する」を選んでいたら、オバマは歴史から消えていたかもしれない。正解は会議室にはない。サーバーの中にあるのだ。
人生を「実験室」に変えろ
ビジネスにおいて「どう思う?」と意見を戦わせるのは時間の無駄だ。「どうやってテストする?」と問うべきだ。 ホームページの色、メールの件名、広告のキャッチコピー。これらは全て、あなたの好みで決めるものではない。市場(データ)に決めさせるものだ。
このマインドセットは、個人の人生にも応用できる。早起きした方が調子がいいか? 朝食を抜いた方が集中できるか? これも直感や人の意見で決めつけず、1週間ずつ試して(A/Bテストして)、データを記録すればいい。あなたの身体や生活もまた、一つの巨大な実験室なのだ。
システム1(直感)を飼いならせ
とはいえ、私たちは感情の生き物だ。どうしても「なんとなくこっちが良い」という直感に抗えない時がある。だからこそ、人間の脳のバグを知っておく必要がある。
ノーベル経済学賞受賞のダニエル・カーネマンの名著『ファスト&スロー』は、この分野の教科書だ。カーネマンは、人間の思考を二つのモードに分けた。
一つは「システム1(速い思考)」。これは自動操縦モードだ。突然の大きな音に驚いたり、怒っている人の顔を見て「不機嫌だ」と察したりする。高速だが、感情的で思い込みに弱い。
もう一つは「システム2(遅い思考)」。これは「17×24」の計算をする時のような、論理的な熟考モードだ。正確だが、起動するのに多大なエネルギーを要する。
ここにある致命的なバグは、システム2が極度の「怠け者」だという点だ。脳はカロリー消費を避けるため、本来ならシステム2で考えるべき重要な決断(結婚、投資、採用)さえも、勝手にシステム1に丸投げしてしまう。これが「なんとなく」の正体であり、私たちがバイアスという落とし穴に落ちるメカニズムだ。
『誰もが嘘をついている』でデータの威力を知り、『ファスト&スロー』で直感の危うさを知る。この二冊を読めば、あなたはもう脳の怠慢(システム1)に騙されて人生を棒に振ることはなくなるはずだ。これからの時代、信じるべきは自分の胸の内なる声ではない。目の前の冷徹な数字だけだ。