予定通りに進めることだけが正義か【『異文化理解力』6/6】
予定通りに進めることだけが正義なのか
ビジネスの現場において、約束の時間を厳守し、事前に決めたスケジュール通りにプロジェクトを進行させることは、プロフェッショナルとしての絶対的な条件である。会議は定刻に始まり、アジェンダに沿って無駄なく進められ、終了時刻ぴったりに解散する。私たちは幼い頃から時計の針に合わせて行動することを叩き込まれており、少しでも予定から遅れることは他者の時間を奪う悪質な行為であると認識している。効率よく成果を上げようとするビジネスパーソンほど、手帳に隙間なく予定を書き込み、その通りに消化していくことに強い達成感を抱いているはずだ。
しかし、このスケジュールへの厳格な固執が、グローバルなビジネスの現場では深刻な摩擦を引き起こし、時に大きなチャンスを逃す原因になっているとしたらどうだろうか。海外のパートナーとの会議で、相手が平気で遅刻してきたり、途中で全く別の話題に脱線したりする姿を見て、不誠実でルーズだと憤りを感じた経験はないだろうか。時間は厳守すべきものという常識は、世界共通の絶対的なルールではなく、単なる文化的な前提に過ぎないのだ。
時間は一直線に進むか、柔軟に変化するか
『異文化理解力』の著者でINSEAD教授のエリン・メイヤーは、文化による時間感覚の違いを「直線的時間」と「柔軟な時間」という指標で明確に分類している。同氏によれば、日本やドイツ、スイスなどに代表される直線的時間の文化では、時間は一方向に進む矢のようなものである。タスクは順番に一つずつ処理され、スケジュールの中断や変更は、秩序を乱す迷惑なエラーとして嫌われる。
一方で、中東やアフリカ、インド、南米などの柔軟な時間の文化圏では、時間の捉え方が全く異なる。彼らにとって時間とは、周囲の状況に合わせて形を変える流動的なものである。事前に決めたスケジュールよりも、今目の前で起きている変化や、新しく発生した人間関係の構築がはるかに優先される。会議の途中で重要な人物が訪ねてくれば平気でそちらの対応を始め、アジェンダは状況に応じてその場でどんどん書き換えられていく。彼らにとっての真のプロフェッショナルとは、時計の針に従う人間ではなく、予測不能な変化に即座に適応できる人間なのである。
計画への固執が変化への適応を阻む
この時間感覚の文化的なギャップを理解していないと、異なる文化圏の相手と協働する際に猛烈なストレスを抱えることになる。直線的時間の文化を持つ日本人は、予定がコロコロと変わる柔軟な時間のパートナーを計画性がない無能な集団と見なしてしまう。しかし相手から見れば、数ヶ月前に立てた古い計画にいつまでも固執し、目の前の状況変化に柔軟に対応できない日本人のほうが、よほど硬直化した非効率なビジネスパーソンとして映っているのである。
変化の激しい現代のグローバル市場において、どちらの時間感覚が優れているかを論じること自体に意味はない。確実な品質管理や精密なシステム開発においては直線的時間のアプローチが必須となるが、新興国でのダイナミックな市場開拓や、全く新しいビジネスモデルを構築する過程においては、事前の計画を軽々と捨て去る柔軟な時間感覚こそが大きな強みとなる。どちらの感覚が正しいかではなく、状況によって使い分けられる柔軟性こそが、グローバルで活躍するビジネスパーソンに求められる真の能力なのである。
時計を捨てて相手の波のリズムに乗れるか
あなたが海外のクライアントの遅刻や予定変更に対して抱いているその苛立ちは、本当にプロジェクトの遅れに対する危機感なのだろうか。それとも、単に自分の予定を乱されたことへの個人的な不満に過ぎないのではないだろうか。私たちが予測不能なグローバルビジネスの世界で真の成果を上げるためには、時計の針に支配された硬直したマインドセットを一旦手放し、状況の波に合わせて柔軟に計画を書き換えるしたたかさが不可欠である。
スケジュールが崩れることを恐れるのではなく、むしろその混乱を成長の機会へと変えるための確かな指針として、予測不能な変化やストレスを逆手に取り、システムをより強靭に進化させる概念を説いた世界的名著、ナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』へと手を伸ばしてみてはどうだろうか。相手の時間感覚に対する苛立ちを手放し、その流動的なリズムに自ら乗ってみること。その柔軟な姿勢の転換が、予定調和の先にある想像を超えたビジネスの果実を、あなたにもたらすはずだ。
『異文化理解力』シリーズ (全6回)




