週末の「デジタルデトックス」という罠。私たちはどこへも逃げられない【『何もしない』2/6】
「デジタルデトックス」という甘い罠
SNSのタイムラインから絶え間なく流れてくる怒りやヒステリー、あるいは他人の完璧な人生のハイライトに疲れ果てたとき、私たちはふと「スマートフォンを海に投げ捨てて、森の奥深くの小屋に逃げ込みたい」という衝動に駆られる。
事実、現代ではデジタル機器を没収して自然の中で過ごす大人向けの「デジタルデトックス・リトリート」が人気を博している。しかし、『何もしない』の著者のジェニー・オデルは、デジタル・デトックスのためのリトリートなどの企画はたいてい、生産性が上がった状態で仕事に戻るための、ある種の「ライフハック」として商品化されていると鋭く指摘する 。
週末に大自然へ逃げ込み、心を「リフレッシュ」させる。それは結局のところ、月曜日の朝から再び資本主義の歯車として、より効率的に、より生産的に働くために自分自身を「充電」しているに過ぎない。私たちは搾取システムから逃げているつもりで、実はシステムの要求に完璧に応えるための自己メンテナンスを行っているだけなのだ。
エリートたちの「逃避」と、私たちの責任
あらゆるものときっぱり決別し、白紙の状態からやり直したいという願望は、ある種の特権階級のファンタジーでもある。
1960年代、アメリカの若者たちは物質主義的な社会からドロップアウトし、田舎に「コミューン」を建設した 。しかし、彼らは結局のところ内部の政治的現実や人間関係の軋轢から逃れることはできなかった 。 そして現代、シリコンバレーの一部エリートや投資家のピーター・ティールは、公海上に独立した人工島(シーステディング)を建設し、煩わしい法律や民主主義から完全に逃避する夢を抱いている 。あるいは、巨大テック企業のCEOたちが熱を上げる「火星への移住計画」もその延長線上にあるだろう。
だが、オデルはこうした「完全な逃避」を退ける。なぜなら、私たちが今生きているこの厄介で汚れた世界に対する「責任」を放棄することになるからだ。私たちに突きつけられているのは、「やるかやらないか」ではなく、「どうやってするか」が問題なのだ 。
「その場での拒絶」という大人のレジスタンス
では、私たちはどうすればいいのか。山に引きこもるのでもなく、火星に逃げるのでもない。 オデルが提案するのは、「距離を取る」ことである。「距離を取る」とは、離脱することなしに、自分だったらどうしていたかをつねに意識して、部外者の視点で考える行為だ 。
つまり、都市に住み、社会の中で働きながらも、私たちの「関心」をシステムから引き剥がし、別のものに向けること。どこにも逃げ出さず、今自分が立っている「その場」で、資本主義的な生産性のロジックを拒絶し続けることである。
究極の「維持メンテナンス」ギア:重厚なレザーブーツ
資本主義は常に「成長」や「新しいものの消費」を求める。維持メンテナンスの作業──自分や他人を健康な状態で生かしておくこと──よりも「破壊」のほうがより生産的だとするロジックを有しているからだ 。
この成長至上主義のロジックに抗うための最高のアナログギアとして、私は『Danner(ダナー)のような重厚なレザーブーツ』や『Red Wing』そして『ミンクオイル(ケアキット)』を提案したい。
どこか遠くの高価なリトリート施設へ逃げ込む代わりに、休日はこの頑丈なブーツを履いて、自分が住む街の地元の土をただ踏みしめて歩くのだ。そして帰宅後、1円の利益も生まない「メンテナンス」の時間を持つ。
馬毛のブラシで埃を払い、ミンクオイルを素手でゆっくりと革に塗り込んでいく。新しいものを次々と消費する(破壊する)のではなく、すでに存在しているものを黙々と「ケア」し続けること。この非生産的で静かな時間こそが、私たちの注意をデジタルな狂騒から奪還し、現実の大地へとつなぎ止める最強の錨(いかり)となるのである。
『何もしない』シリーズ (全6回)




