アルゴリズムの「バブル」を破壊する。奪われた関心を取り戻す練習【『何もしない』3/6】
アルゴリズムによる「絞り込み」という牢獄
私たちが毎日眺めているスマートフォンの画面は、世界を映す「窓」ではない。それは、私たち自身の欲望と偏見を反射する「鏡」である。
SNSやYouTubeのアルゴリズムは、私たちが何に長く視線を留め、何をクリックしたかを完璧に学習している。そして、「望むと望まざるとにかかわらず見たい情報が優先的に表示されることで、自身の価値観が『バブル』の中に限定されてしまう状況」を作り出す。 心地よい意見、共感できる怒り、自分の信念を補強するニュースばかりが流れ続けるこの「フィルターバブル」の中では、私たちは決して真の意味での「他者」に出会うことはない。
『何もしない』の著者ジェニー・オデルは、このアルゴリズム的な「絞り込み」に警鐘を鳴らす。私たちの「関心(アテンション)」はテック企業にハッキングされ、自分自身の小さなエコーチェンバーの中で、終わりのない自己消費を繰り返させられているのだ。
自分を「世界の中心」から引きずり下ろす
この見えない牢獄から抜け出すためにはどうすればいいのか。本書の第四章のテーマであり、白眉とも言えるのが「注意を向ける練習」である。
オデルは、奪われた関心を取り戻すためには、私たちの注意を「自分自身」や「ネット上のバブル」から引き剥がし、物理的な現実世界に存在する「他者」へ向ける必要があると説く。 それは例えば、公園ですれ違う見知らぬ人たちの暮らしを想像することであり、あるいは、街路樹の名前や、そこに棲む鳥たちの生態に目を向けることだ。
対象を現実感を伴って認識したとき、私たちは「自分たちの部屋」が「前よりも世界の中心ではなくなった」と感じる。この「脱中心化」こそが、肥大化したエゴとデジタルのノイズを鎮めるための、最も効果的な解毒剤となる。
誰にもシェアしない「記録」の贅沢
オデルが提案する「注意を向ける練習」の極致は、対象のディテールを徹底的に観察し、記録することだ。
しかし、現代の私たちがやりがちな「写真を撮ってInstagramにアップロードする」という行為は、結局のところ体験をデータ化し、ネットワークシステムに回収されることを意味する。それはアルゴリズムのバブルを補強するだけで、真の観察とは呼べない。
真にシステムから離脱するには、誰からも「いいね」をされない、サーバーにデータとして蓄積されることもない、完全に非生産的で孤独な作業が必要になる。遠く離れた世界の怒り(マクロ)を消費するのをやめ、目の前の微細な物理世界(ミクロ)に注意を向けること。それこそが、情報に溺れる私たちが今すぐできる、最も知的で美しい「何もしない」の実践なのである。
ミクロな現実へ没入するための観察ギア
アルゴリズムのバブルを破壊し、物理世界への「注意を向ける練習」を実践するための最強のツールとして、私は『Vixen(ビクセン)の高倍率メタルルーペ』と、現場のプロが愛用する『コクヨ 測量野帳』の組み合わせを提案したい。
散歩の途中、ポケットからスマホを取り出してSNSのタイムラインを親指でスクロールする代わりに、美しい金属製のルーペを取り出す。そして、足元に生えている名もなき苔の胞子や、古いレンガの表面、あるいは街路樹の樹皮の複雑な模様を、ただただ覗き込むのだ。そこには、アルゴリズムが決しておすすめしてこない、途方もなく緻密で圧倒的な「ミクロの現実」が広がっている。
そして、ルーペ越しに発見したディテールを、測量野帳に鉛筆でスケッチしてみる。デジタルな「シェア」を拒絶し、自分だけの野帳に物理的なグラファイト(鉛筆の芯)の痕跡を残す。 ルーペと野帳という無骨なアナログギアが、あなたの奪われた「関心」を取り戻し、現実の大地へとつなぎ止める完璧な錨(いかり)となるはずだ。
『何もしない』シリーズ (全6回)




