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食への情熱が国境を越えるとき【『アイバンのラーメン』6/6】

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何者でもなかった男が東京でラーメンの巨匠になるまで

「自分は何者なのか」という問いを抱えたまま、人生の道を模索した経験は誰もが持つものであろう。その問いへの答えを探し、自分自身の居場所を見つけるまでの軌跡を語るのが、『アイバンのラーメン』著者でシェフ・レストランオーナーのアイバン・オーキンである。ニューヨーク郊外ロングアイランドで生まれ育った同氏は、1970年代の何者でもなかった自身を「規格外の白人の落ちこぼれ」と表現している。日本文学の学位を手にしていた同氏は、これといった目標もないまま、二十代半ばで日本行きの航空券を手に取る。これが、後の人生を大きく変えることになった。

同氏が日本に興味を持ったのは、若い頃に日本食レストランでアルバイトをしたのがきっかけであった。そこで出会った日本の食文化と人々の温かさが、同氏の好奇心を刺激した。その後東京に降り立った同氏を待っていたのは、秩序と清潔さに満ちた街の姿であった。そこには、まるで故郷に帰ってきたかのような安堵感があったという。日本での当初の生活は、言葉の壁や文化の違いに戸惑う日々であったが、同氏は異文化の中で自分を成長させようと努め、コンフォートゾーンから一歩踏み出すことを繰り返した。日本で過ごした最初の数年間で、同氏は自らが「何者か」になるための土台を築き始めたのである。

「食」が結ぶ人々の絆

同氏は、日本での生活の中で「食は人々を深くつなぐ大切な言葉だ」という確信を深めていった。滞在中、友人とひたすら餃子を食べ、ビールを飲み交わす日々の中で、同氏はアジアでの食事が単なる栄養摂取ではなく、人と人とが交流し、絆を深めるための大切な時間であることに気づいたという。

東京に移り住んでからも、この感覚はさらに強固なものとなる。同氏はある日友人に連れられて初めて味噌ラーメンを食べる。その濃厚で熱いスープと麺を、周りの客が皆、音を立ててすする光景は、同氏にとって衝撃的であり、同時に「コンフォートゾーンからの脱却」を象徴する体験となった。同氏は、日本で食にまつわる様々な感情や経験を積み重ねる中で、料理が単なる技術の集合体ではなく、人々の心を通わせる普遍的な力を持つことを学んだ。

料理人になる以前、東京でコンピュータ部品を販売する職に就いていた頃、自身の鬱屈した感情を抱えていた同氏は、当時の恋人タミさんの元へ行くことを勧められた。この経験は、後に彼が料理人としてのキャリアを歩む転機の一つとなるが、その根底には、食を通じて育まれた人間関係が根底にあった。

失意の淵から見つけた料理への道

同氏の人生には、大きな喜びと、それと同じくらい深い悲しみが訪れた。最初の妻タミさんと結婚し、息子アイザックが誕生した。仕事もプライベートも順調であったが、その幸せは突然断ち切られる。タミさんは体調を崩し、数日のうちに病によって命を落としてしまうという悲劇に見舞われたのである。

同氏は最愛の妻と、生まれてくるはずだった娘を同時に失い、絶望の淵に突き落とされた。これまで頼りなく未熟だった彼を、タミさんは力強く支え、夫、父、そしてシェフとしての成長を促してきた存在であった。しかし、この筆舌に尽くしがたい喪失を経験することで、同氏はシングルファーザーとして息子アイザックを支え、自立した「男」へと変わることを決意する。この困難な時期を乗り越える中で、同氏は家族と仕事への責任を強く感じ、息子を大切にするため、新たな人生を歩み始めたのである。

やがて、失われた日本との文化的つながりを取り戻したいという思いから、同氏は再び日本を訪れるようになる。そこで再会したラーメンは、以前とは比べ物にならないほど進化を遂げていた。日本全国の素材を吟味し、高度な技術で一杯のラーメンを芸術品にまで高める「こだわりラーメン」の潮流に、同氏は強く魅了される。特に、鶏と豚骨、魚介の出汁を別々に取り、提供時に合わせる「ダブルスープ」の繊細さに感銘を受けた。この時のラーメンとの出会いが、同氏の料理への情熱を再燃させ、自らも「こだわりラーメン」の世界へと足を踏み入れる原点となった。

「本物の料理」とは技術ではなく、食べる人への敬意だ

「本物の料理とは技術ではなく、食べる人への敬意である」。これは、同氏が料理人として辿り着いた哲学である。同氏はとあるフレンチレストランでの経験から、料理の基本だけでなく、客をもてなす「ホスピタリティ」の重要性を深く学んだ。そこのシェフが客を迎え、常連客の好みを把握しておく姿は、同氏に大きな影響を与えた。

東京でラーメン店を開業するにあたり、同氏はゼロからラーメン作りを学んだ。当初は有名店のラーメンを模倣しようとしたが、ある時、大切な人物から「あなたは優れた料理人なのだから、他の誰かの料理ではなく、あなた自身の料理を作りなさい」と諭される。この言葉を受け、同氏はフレンチで培った「ソフリット」をラーメンのベースにするなど、独自の視点で革新的なラーメンを生み出した。

同氏のラーメンは評判を呼び、開店から間もなく行列店となった。テレビ出演やインスタントラーメンの監修など、人気シェフとしての地位を確立していくが、その根底には常に、食べる人への深い敬意があった。ラーメンは熱いうちに、音を立ててすするのが一番美味しく、麺がスープに絡みつき、様々な味が口の中で調和する。同氏は、ラーメンを最高の状態で提供し、客に最高の体験をしてもらうため、細部にまでこだわり続けたのである。

変化を恐れず、自分だけの人生を切り開く

同氏の人生は、常にコンフォートゾーンから一歩踏み出すことの連続であった。ニューヨークでの安定した生活を捨てて日本に渡り、異文化の中で自分自身のキャリアを築き上げた。最愛の妻を亡くした悲しみから立ち直り、シングルファーザーとして再出発した。そして、経験のないラーメンの世界に飛び込み、東京で人気店を築き上げる。2011年の東日本大震災をきっかけに、再びニューヨークへと拠点を移し、新たな挑戦を続けている。

同氏の物語は、「何者でもなかった自分」が「何者か」になる過程、そして「食は人々を深くつなぐ大切な言葉だ」という確信を雄弁に物語っている。新しい環境に身を置き、変化を恐れず、挑戦し続けることこそが、自分だけの豊かな人生を切り開く確かな方法であることを、彼の生き様は示している。食を通じて世界を股にかけ、自らの道を切り拓いてきた同氏の姿は、私たちに大きな勇気を与えてくれるだろう。

食への探求と人生の旅路についてさらに理解を深めたい方には、『クックズ・ツアー』(アンソニー・ボーデイン著)を手に取ってみてはどうだろうか。世界中を旅して食を巡るアンソニー・ボーデインの洞察に満ちた物語は、アイバン・オーキンの食への情熱や、異文化の中で自分を見つめ直す姿と共鳴するはずだ。

Kの視点

記事本文が「食を通じた人間的絆」という普遍的メッセージで締めくくっているのに対し、原書はもう少し意地の悪い問いを読者に突きつけている。デヴィッド・チャンによる序文は、オーキンへの祝辞という体裁でありながら、「White Men Can’t Eat Ramen」という辛辣なフレーズで始まり、アメリカ人客がラーメンを冷めるまで待って食べる光景を嬉々として描写する。これはオーキンの物語を「感動の成功譚」として読ませたい構成に対する、冒頭からの強力な牽制だ。「五十パーセントはあなたを応援し、残り五十パーセントはあなたの破滅を望んでいる」というチャンの警告は、序文という位置づけにもかかわらず、本書全体を貫く不穏な通奏低音として機能している。

また原書では、オーキンがラーメンの「型」を学ぼうとした際、模倣レシピで作ったスープを妻マリに「これはゴミ」と一蹴されるエピソードが詳述されている。「あなたは優れた料理人なのだから、他人の料理ではなくあなた自身の料理を作りなさい」という言葉は、記事でも触れられているが、原書における文脈は重要だ。この助言は天才シェフから授かった啓示ではなく、台所での失敗実験を見届けた妻の率直な批評として登場する。成功神話はしばしば「師からの一言」を劇的に演出するが、オーキンの転機は配偶者との日常的な対話の中にある。その地味さが、かえってこの本の誠実さを担保している。 — K

『アイバンのラーメン』シリーズ(全6回)

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