犯人探しをやめて好奇心を武器にせよ【『失敗できる組織』6/6】
トラブルが起きたときに誰を責めているか
ビジネスの現場において、予期せぬトラブルや重大なミスが発覚したとき、真っ先に行われるのは犯人探しである。誰が承認したのか、誰が確認を怠ったのか、あるいは誰の指示だったのか。私たちは問題が発生すると、本能的にその責任を負うべき特定の個人を特定し、吊るし上げようとする。効率よくプロジェクトを進めようとするリーダーほど、原因となった人物を排除したり厳しく罰したりすることで組織の規律が保たれ、問題が迅速に解決すると信じ込んでいる。
しかし、ミスを個人の責任に帰結させるこのアプローチは、本当に組織を強くしているのだろうか。特定の誰かを悪者に仕立て上げて安心している間、問題を引き起こした真の構造的な欠陥は放置されたままである。犯人探しに躍起になる組織では、メンバーは次に自分が標的になることを恐れ、自己保身のために都合の悪い情報を徹底的に隠すようになる。私たちが良かれと思って行っている責任追及は、組織から挑戦と学習の機会を根こそぎ奪い取る最悪の行為なのである。
犯人探しが組織の学習機能を停止させる
『失敗できる組織』著者でハーバード・ビジネス・スクール教授のエイミー・C・エドモンドソンは、失敗に対して裁きを下そうとする組織の文化が、いかにイノベーションの芽を摘み取っているかを厳しく指摘している。同氏によれば、意図的な違反や怠慢を除けば、複雑なビジネス環境で発生するミスの大半は、真面目に仕事に取り組んだ結果として引き起こされたものである。複雑な要因が絡み合う現代において、たった一人の不注意だけで引き起こされるエラーなどごく僅かなのだ。
それにもかかわらず、結果が失敗だったというだけで当事者を糾弾してしまえば、組織には恐怖だけが蔓延する。失敗した人間が罰せられる姿を見た他のメンバーは、決して未知の領域には手を出さず、言われたことだけを無難にこなすようになるだろう。誰がやったのかという過去に向けた非生産的な問いを捨て、何が起きたのかという未来に向けたシステムへの問いへと転換しない限り、組織は同じ過ちを永遠に繰り返し続けるのである。
裁きを捨てて好奇心のレンズを持てるか
失敗を罰する文化から抜け出し、学習する組織へと生まれ変わるための最も有効な鍵となるのが好奇心である。トラブルが発生したとき、なぜあんな馬鹿なことをしたのかと怒りを持って裁くのではなく、なぜその時点ではその行動が正しいと思えたのかと、純粋な好奇心を持って事象を解剖するのだ。当事者と同じ視点に立ち、その瞬間に見えていた景色や制約を理解しようとする姿勢が求められる。
この非難なき事後検証のプロセスを通じて初めて、マニュアルの不備やコミュニケーションの断絶、あるいはスケジュールの無理といった、水面下に隠れていた真のボトルネックが浮かび上がってくる。失敗は、組織の脆弱性を教えてくれる貴重なシグナルである。好奇心を持ってその声に耳を傾けることができれば、一つのエラーは組織全体を飛躍的に進化させるための非常に価値の高いデータへと姿を変えるのである。
完璧主義を手放し不完全な挑戦を愛せるか
あなたが職場でトラブルに直面したとき、無意識のうちに誰かを責めようとしてしまうその態度は、組織の未来を暗く閉ざしてはいないだろうか。私たちが激しい変化の時代を生き抜き、持続的な成長を手にするためには、絶対に失敗しないという不可能な完璧主義をきっぱりと手放し、良質な試行錯誤を歓迎するマインドセットが不可欠である。失敗を隠蔽するのではなく、全員で共有してシステムを改善するための資産へと変えなければならない。
成長し続けるための実践的な指針として、個人を責めるのではなく、システム全体の相互作用を理解し、チーム全体で継続的に学び続ける仕組みの構築を説いた世界的名著、ピーター・センゲの『学習する組織』へと手を伸ばしてみてはどうだろうか。犯人探しという後ろ向きな習慣を捨て、好奇心を持って失敗という名のデータに向き合うこと。その決断が、あなたと組織を未知の成長へと導く真の原動力となるはずだ。あなたはまだ、失敗の恐怖に縛られたまま他者を裁き続けるつもりだろうか。
『失敗できる組織』シリーズ (全6回)




