完璧な塩ラーメン一杯への執念【『アイバンのラーメン』3/6】
なぜ「塩(シオ)ラーメン」だったのか
ラーメンにおいて、あなたの「こだわり」はどのようなものだろうか。醤油、味噌、豚骨など、多くの選択肢がある中で、あえて最もシンプルに見える「塩」を選ぶことに、どのような意味があるのだろう。
『アイバンのラーメン』著者でシェフ・レストランオーナーのアイバン・オーキンは、東京で自分のラーメン店を開くにあたり、この問いに真正面から向き合った。同氏が初めて作り、自身の店の「ゴールドスタンダード」と位置付けているのは「塩ラーメン」である。当時、東京のラーメンシーンで主流だったのは醤油や味噌であり、豚骨ラーメンも人気を博していた中で、なぜあえて「塩」に挑んだのか。それは、一見するとシンプルでありながら、素材そのものの味がごまかしなく際立つ「塩」こそが、ラーメンの本質を問うものだとアイバン・オーキンが考えているからである。
アイバン・オーキンは、ラーメンの味は最初の一口が強烈すぎると、食べ終わる頃には飽きてしまうと考えている。そのため、味のグラデーションを意識し、食べ進めるごとに風味が最高潮に達するような構成を目指している。スープ、麺、具材、それぞれの要素が持つ強い風味(豚肉、燻製魚、醤油、塩など)が互いに引き立て合い、繊細な味を損なわないよう、綿密なバランスを追求しているのである。
麺への執念:ユダヤの食文化と日本の麺の融合
アイバン・オーキンが特に力を注いだ要素の一つが「麺」である。多くのラーメン店が製麺所から麺を仕入れる中で、同氏は自家製麺にこだわっている。ラーメンの魂ともいえるスープやチャーシューに多大な労力をかける一方で、麺を他人に任せることには、同氏にとって納得がいかない点があったからだ。
同氏は、手回し式のパスタマシンを使い、何十種類もの粉の組み合わせを試す日々を送っている。麺に求めるのは、独特の風味とコシ(日本でいう「もちもち」とした食感)であり、スープによく絡むことである。特に注目すべきは、誰も日本のラーメンで使っていなかったライ麦粉を取り入れたことである。これは、著者のユダヤ系アメリカ人としての生い立ち、具体的には、子どもの頃に食べていたライ麦パンの香りがインスピレーション源となっている。
ライ麦粉は、通常の小麦粉よりもグルテンが少なく、扱いが難しい。しかし、独特の香ばしい風味と麺の美しい色合い、そしてわずかな斑点(これが虫や汚れと誤解されることも懸念されたが)が、アイバン・オーキンが求める「個性」につながっている。うどん用の軟質小麦粉と高タンパク質のパン用小麦粉を組み合わせ、ライ麦粉を少量加えることで、ラーメン麺に適したタンパク質含有量を保ちつつ、豊かな風味と複雑な食感を実現しているのである。
「ダブルスープ」への探求
アイバン・オーキンがラーメン開発で最初に決めたことである「ダブルスープ」。これは、同氏が東京で再びラーメンと出会った際に感銘を受けた、既存のラーメンとは一線を画す調理法である。ダブルスープは、2種類の異なる出汁を別々に作り、提供直前にブレンドすることで、それぞれの出汁の個性を最大限に引き出す技術だ。
アイバン・オーキンは、ダブルスープの片方の柱として「チキンストック」を選んでいる。丸鶏と水だけで作るシンプルなチキンストックは、鶏本来のクリアで力強い旨味をストレートに表現する。抗生物質や成長ホルモンを使わずに育った良質な鶏を使い、適切な比率で水を加え、低温でじっくりと煮込む。この緻密な温度管理と時間の投入が、濁りのない、上質なボディを持つチキンストックを生み出しているのである。
もう一方の柱は「出汁(だし)」である。アイバン・オーキンは、昆布、煮干し(イワシ)、ゲソ(イカの足)をベースに、さらにメジカ、イワシ、サバ、カツオの4種類の「節」(蒸し、燻製、乾燥、薄削りされた魚)を加えた複合出汁を考案している。これらの繊細な魚介の風味を最大限に引き出すため、昆布などを水に浸してじっくりと旨味を抽出し、その後、低温で短時間で節類を煮出す。この緻密な工程が、肉の出汁に劣らない奥深い旨味(うまみ)をラーメンにもたらすことに成功しているのだ。
素材の声を聞く、満足度の高いラーメンへの道
アイバン・オーキンのラーメン作りは、単なる調理技術の追求を超え、料理人としての哲学を色濃く反映している。「質の高いラーメンとは、素材の声を聞くことだ」という思想がその根底にはある。同氏は、食材一つひとつが持つ本来の味を尊重し、それを最大限に引き出すことに心を砕いている。例えば、塩ラーメンは塩辛すぎてはならない。良質な塩が持つ深みを引き出しつつ、全体のバランスを保つことが肝要であるという。
同氏は、日本のラーメン業界で「こだわり」を追求する料理人たちの姿勢からも多くを学んでいる。嶋崎さんのような職人気質のラーメン職人からは、客が麺が伸びる前に食べきるため、あるいは職人が集中するため、そして何よりも「一杯を最高の状態で味わってほしい」という願いからくる姿勢を学んでいる。また、ラーメン評論家の「大崎さん」のような食の探求者にとっても、アイバン・オーキンのラーメンは、既成概念を打ち破る「新しい何か」となっている。
アイバン・オーキンは、料理学校で培ったフランス料理の技術や知識にとらわれず、ラーメンという日本独自の食文化に、自らの経験と感性を融合させている。例えば、ラテンアメリカ料理やスペイン料理で使われる香味野菜の炒め物のような発想で、味の深みを追求している。これは、ラーメンという柔軟な料理だからこそ可能なアプローチであり、同氏の「自分の料理」を作り出すための探求心と情熱の表れである。
こだわりを突き詰めることの意味
アイバン・オーキンのラーメンへの飽くなき探求は、妥協を許さない「こだわり」から生まれている。それは、単に珍しい食材を集めたり、奇抜な調理法を試したりすることではない。一つひとつの素材が持つ可能性を信じ、その魅力を最大限に引き出すために、時間と労力を惜しまない姿勢である。
同氏の「質の高い塩ラーメン」は、なぜ塩を選んだのか、なぜライ麦麺なのか、なぜダブルスープなのか、といった問いに対する明確な答えを持っている。このような「なぜそうするのか」を言語化し、細部にわたるまで意識を向け続けることこそが、真の「こだわり」だと言えるだろう。
和食の出汁(だし)は、ラーメンだけでなく、あらゆる日本料理の根幹をなす。その思考をさらに広げるための一冊として、『だしの研究』(柴田書店 編)を手に取ってみてはどうだろうか。出汁の奥深さに触れることで、料理の素材と向き合う新しい視点が得られるはずだ。
Kの視点
記事本文はライ麦粉の着想源をユダヤ系の生い立ちに結びつけているが、原書を読むと話はもう少し地味で実践的だ。オーキンはShimamoto-sanという製麺機メーカーの担当者から送られてきた20袋以上の粉サンプルを床に並べ、ひたすら組み合わせを試した末にライ麦粉に辿り着いている。つまり「子ども時代の記憶からの閃き」より先に、泥臭い試行錯誤があった。文化的バックグラウンドが後から意味づけとして重なった可能性が高い。
塩を選んだ理由についても、原書はよりシンプルな動機を示している。オーキンが参照したのは子どもの学校近くにあった「オタク系」店主の塩ラーメンで、そこで初めてダブルスープに出会い「これだ」と直感した、という流れだ。「シンプルゆえに本質が問われる」という哲学的な選択というよりも、食べて衝撃を受けた一杯を自分で作りたかった、という話に近い。料理における「こだわり」の語りは往々にして、結果から遡って構築された物語である。
日本のラーメン店でこの自家製麺へのこだわりを再現しようとする場合、製麺機の導入コストだけで150万円前後が相場であり、スープの仕込みと並行して回すのは人手的にも厳しい。オーキンが「麺は外注が当たり前」という文化に抗えたのは、妻の収入で生活が支えられ失敗コストを許容できたからだ。情熱は必要条件だが、十分条件ではなかった。 — K