目的地を捨てる練習。Googleマップと「効率的な移動」への反逆【『何もしない』4/6】
最短ルートの最適化が奪うもの
私たちが初めての場所へ行くとき、無意識のうちにスマートフォンのGoogleマップを開き、目的地までの「最短ルート」を検索する。アルゴリズムは現在の交通状況や徒歩のスピードを瞬時に計算し、最も効率的で無駄のない経路を青い線で提示してくれる。
しかし、ジェニー・オデルの『何もしない』の視点に立てば、この「移動の最適化」は私たちの体験から重要な何かを奪い去っている。 目的地に1分でも早く着くことだけが目的化されたとき、私たちが歩く道は単なる「通過点(ノイズ)」へと格下げされる。A地点からB地点への移動は、物理的な体験ではなく、単なるデータの処理プロセスになってしまうのだ。効率を追い求めるあまり、私たちは自分が「今どこを歩いているのか」という物理的な手触りを完全に喪失している。
「無場所(プレイスレス)」なネット空間からの脱却
オデルは、私たちが1日の大半を過ごしているSNSやインターネットの空間を「無場所(プレイスレス)」と呼ぶ。 そこには重力も、天気も、その土地固有の歴史も存在しない。私たちは画面を見つめながら、物理的な肉体を「今ここ」に置いたまま、精神だけをどこでもないグローバルな情報空間へと飛ばしている。
このプレイスレスな空間に長期間滞在しすぎると、私たちは自分が「特定の生態系や歴史を持つ、具体的な土地(場所)」に生きているという事実を忘れてしまう。 フィルターバブルの中で世界中の怒りや悲しみに接続される一方で、自分の家のすぐ裏にある川の匂いも、アスファルトの凹凸も感じられなくなる。この圧倒的な「身体性と場所の喪失」こそが、現代人の漠然とした不安の根源にある。
「どこへも行かない」という贅沢
このプレイスレスな状態に対する強力な解毒剤は、非常にシンプルだ。それは、ネットワークからログアウトし、自らの物理的な「肉体」を現実空間に引き戻すことである。
そのためには、移動の概念を覆す必要がある。目的地に到達するための「効率的な歩行」を捨て、「ただ歩くこと自体を目的とする」のだ。 どこへ向かうでもなく、Googleマップの青い線にも従わない。右に曲がりたければ曲がり、疲れたら帰る。これは資本主義的な「タイムパフォーマンス(タイパ)」の観点から見れば、完全な時間の浪費であり、無価値な行動である。しかし、だからこそ、システムに搾取されない「完全に自由な時間」となるのだ。
目的地を捨てるためのギア:単機能の「万歩計」
効率的な移動を放棄し、ただ物理的な肉体として歩くための最高のアナログギア。それは、Apple Watchのような最新のスマートデバイスではなく、『スマホと連動しない、シンプルな単機能の万歩計(歩数計)』である。
スマートウォッチは、あなたの歩いたルートをGPSで記録し、心拍数や消費カロリーを計算してクラウドへ同期する。それは結局のところ、歩行という物理的な体験を「健康管理という生産的なデータ」に変換し、システムに回収させているに過ぎない。
かといって、数値化されないと中々モチベーションの維持継続も難しい。
だからこそ、通信機能を持たない1000円台のオムロンやヤマサの万歩計をポケットに放り込むのだ。そこには地図もないし、データ分析もない。ただ、あなたの足が地面を蹴るたびに、内蔵された振り子が「カチャ、カチャ」と物理的に数字を一つずつ増やしていくだけだ。
クラウドには一切記録されない、あなただけの足音のカウント。目的地を持たず、万歩計の数字がただ増えていくことだけを楽しむ休日の午後。それは、私たちがプレイスレスなデータ空間から現実の大地へと帰還するための、最も贅沢で非生産的なレジスタンスなのである。
『何もしない』シリーズ (全6回)




