食卓の塩、化学の母
史上最も馬鹿げた「緑の壁」
かつてイギリス人は、インドの塩を独占し、税を搾り取るためだけに、全長4,000キロメートルにも及ぶ「生垣(いけがき)」を作ったことがある。 万里の長城ではない。トゲのある植物を密生させて作った、文字通りの「緑の壁」だ。彼らはこの「大生垣(Great Hedge of India)」 あるいは「内陸関税線(Inland Customs Line)」でインドを分断し、貧しい人々が勝手に塩を運ぶのを物理的に阻止した。
たかが塩のために、地球の直径の3分の1に相当する壁を作る。今の私たちからすれば狂気の沙汰だが、されど当時の大英帝国にとって塩は、それほどまでに巨大な利権だったのだ。
380キロ歩いて、「塩」を拾う
その理不尽な塩の独占に挑んだのが、マハトマ・ガンディーだ。 1930年、彼は塩税に抗議するため、支持者と共に歩き始めた。目的地は、380キロ彼方の海辺の村ダンディー。東京から名古屋までの距離を、ただ「塩を拾う」ためだけに24日間かけて歩き続けたのだ。
海岸に辿り着いた彼は、泥まじりの塩の塊を拾い上げ、高らかに掲げてみせた。 それは単なるパフォーマンスではない。帝国が独占する「生命維持装置(塩)」を、民衆の手に取り戻すための、静かで強烈なクーデターだった。 塩は、今の石油や半導体と同じく、国家の命運を左右する「戦略物資」だったのだ。
味付けではなく「原料」
現代の私たちは、スーパーで安売りされる塩を見て「たかが調味料」と思っている。だが、その重要性は当時よりも増している。 現在、採掘される塩の大部分は、あなたの舌を楽しませるためではなく、巨大な化学プラントの胃袋を満たすために使われている。
電気分解された塩水からは「塩素」と「苛性ソーダ」が生まれる。 塩素は水道水を消毒し、ポリ塩化ビニル(プラスチック)の原料となる。 苛性ソーダは、紙、石鹸、洗剤、アルミニウムの製造に不可欠だ。 つまり、ガンディーが拾い上げたその白い結晶がなければ、あなたの着ている服も、住んでいる家も、飲んでいる水も存在しない。
今日のコツ:成分表示に人の歴史を感じる
キッチンの塩をひとつまみ手に取ってみてほしい。 それは、かつて帝国が狂気的な壁を作って守り、ガンディーが命をかけて奪い返そうとした「白い金」だ。そして今もなお、世界中の工場を動かし、私たちの清潔で快適な生活を底から支えている「化学の母」でもある。
その結晶の輝きの中に、歴史の重みと、目に見えない巨大な産業のつながりを想像できるか。それができれば、世界はもっと立体的で、面白い場所に見えてくるはずだ。
