貢献の物語が組織を突き動かす【『Tribal』2/6】
利益の最大化を捨てる勇気はあるか
あなたは、部下やチームメンバーの士気を高めるために、まず何を検討するだろうか。多くのマネジャーが、賞与の増額や昇進のポスト、あるいは福利厚生の充実といった「経済的インセンティブ」を真っ先に思い浮かべるはずだ。合理性が支配する現代社会において、人間は自分の利益を最大化するために動く経済人であるという前提は、疑いようのない真理のように思える。
しかし、どれほど好条件を提示しても、組織に活気が生まれず、メンバーが指示待ち人間に終始してしまう事態に直面したことはないだろうか。金銭による報酬は、一時的な満足感を与えることはできても、魂を揺さぶるような深い献身を引き出すことはできない。人は、単なる利己的な損得勘定だけで動く生き物ではない。むしろ、時として自分自身の利益を二の次にしても、何かのために尽くしたい、集団の中で特別な役割を果たしたいという衝動が、歴史を動かしてきたのである。私たちが真に求めているのは、財布を満たすコインではなく、自らの存在が誰かの役に立ち、価値あるものとして記憶されるという確信だ。
利他という名の根源的衝動
『Tribal』著者でコロンビア・ビジネス・スクール教授のマイケル・モリスは、人間には同調を求める「ピア本能」と並び、集団のために卓越した貢献をしようとする「ヒーロー(英雄)本能」が備わっていると説く。これは単なる承認欲求ではない。部族動物としての人間にとって、集団の危機を救い、仲間に多大な利益をもたらす存在として認められることは、生存確率を高めるための非常に重要な戦略であった。
同氏によれば、このヒーロー本能は、時に個人の生存本能さえも上回る強力な衝動として現れる。戦場で自らを犠牲にして仲間を守る兵士や、困難なプロジェクトに身を削って挑むリーダーを突き動かしているのは、合理的な計算ではない。集団の中で称賛され、特別な地位を獲得したいという、深層心理に刻まれた部族的な欲求である。人は、自分が所属する集団に貢献し、その功績が物語として語り継がれることに、至上の喜びを感じるように設計されている。この貢献欲と承認欲の合流地点を正しく捉えることこそが、組織を動かす鍵となる。
象徴が導く自己犠牲のパラドックス
歴史上の偉大な指導者たちは、このヒーロー本能を刺激する物語(ナラティブ)を構築する達人であった。同氏は、ジャンヌ・ダルクやマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの事例を引き、彼らがいかにして人々の本能を揺さぶったかを分析している。ジャンヌ・ダルクは、絶望の淵にあったフランス軍に対し、自らが神の啓示を受けたという物語を提示した。これにより、単なる敗残兵であった人々は、国を救う英雄という役割を自分の中に見出し、恐れを知らぬ軍隊へと変貌したのである。
キング牧師も同様だ。彼は差別という過酷な現実を訴えるだけでなく、「私には夢がある」という壮大な叙事詩を語ることで、追随者たちに「正義のために立ち上がる英雄」という自己イメージを与えた。彼らが共通して行ったのは、単に現状を改善することではない。メンバー一人ひとりが、集団のために何かを成し遂げる主役になれる舞台を用意したことである。現代の組織においても、数字という無機質な目標の背後に、いかに社会に貢献し、誰を救うのかという物語を配置できるかどうかが、リーダーの資質を決定づける。英雄本能は、自分が集団の一部として欠かせない存在であると実感できる文脈において、初めて起動するのである。
誰を主役に据えるべきか
あなたが今、組織の閉塞感を感じているのなら、それはメンバーが「自分の代わりはいくらでもいる」という匿名性の影に隠れてしまっているからかもしれない。人は、自分の貢献が見過ごされ、誰からも注目されていないと感じるとき、ヒーロー本能を閉ざし、最小限の労力で最大の報酬を得ようとする利己的な個体へと退化してしまう。私たちがなすべきことは、彼らを管理することではなく、彼らの中にある英雄を呼び覚ますための環境を設計することだ。
そのための第一歩として、チーム内での「貢献の物語」を可視化する習慣を取り入れてみてはどうだろうか。ミドリのMDノートのような、書き心地の良い上質なノートを一冊用意し、メンバーが成し遂げた些細な、しかし集団にとって重要な貢献を記録し続けることだ。そして、それを単なる事実報告としてではなく、「あなたがこのように動いたことで、チームは救われた」という物語として語り直すのである。
誰かを英雄として扱うことは、その人を甘やかすことではない。その人が集団に対してより大きな責任を持ち、さらなる貢献をしたいという本能的な欲求に火をつけることである。あなたの組織という部族の中に、一人でも多くの英雄を誕生させること。その物語の連鎖こそが、どんな困難にも対応できる、しなやかな文化を形成していくはずだ。
『Tribal』シリーズ (全6回)




