部族本能を味方につけた者が勝つ【『Tribal』6/6】
諦めという名の最も危険な病
あなたは、自分の職場や所属するコミュニティの空気に対して「ここでは何を言っても無駄だ」と諦めてはいないだろうか。他者の足を引っ張り合う減点主義、過去の成功体験への異常な執着、あるいは同調圧力による息苦しさ。こうした有害な文化に直面したとき、多くの人は正面から戦って弾き出されるか、心を閉ざして静かに従うかの二択を迫られる。論理や正論をいくら振りかざしても、集団の深い部分に根付いた「目に見えないルール」を変えることは不可能に近いと思えるからだ。
しかし、文化とは決して固定された岩のようなものではない。それは環境のシグナルによって常に書き換えを待っている、非常に柔軟なソフトウェアである。『Tribal』著者でコロンビア・ビジネス・スクール教授のマイケル・モリスは、人間が持つ3つの部族本能(ピア本能、ヒーロー本能、アンセスター本能)を正しく理解し、それらと戦うのではなく味方につけることさえできれば、どれほど巨大で硬直化した組織であっても劇的に変革できると断言している。
マイクロソフトを蘇らせた「知る」から「学ぶ」への転換
同氏は、意図的な文化設計の最も劇的な成功例として、サティア・ナデラによるマイクロソフトの復活劇を挙げている。かつての同社は、社内政治と足の引っ張り合いが横行する、有害な部族主義の典型のような組織であった。社員たちは「自分がいかに賢いか(Know-it-all)」を証明することに固執し、ヒーロー本能は他者を打ち負かすためのマウンティングへと向かっていた。
CEOに就任したナデラは、この腐敗した文化を力技で破壊しようとはしなかった。代わりに彼は、社員のヒーロー本能が向かう先(シグナル)を巧妙に書き換えたのである。彼は「すべてを知っている人」ではなく、「すべてを学ぶ人(Learn-it-all)」こそが偉大であるという新たな物語を組織に提示した。失敗を隠して賢く振る舞うことではなく、失敗から学び、他者のアイデアに耳を傾けることこそが集団への最大の貢献であると再定義したのだ。これにより、他者を攻撃するために使われていた社員たちの強烈なエネルギーは、一転してチーム全体の学習と成長を促進するための推進力へと変わった。本能が反応する「英雄の定義」を書き換えたことが、同社の復活を支えた重要な要因の一つであった。
本能を手懐ける文化の建築家たち
この「本能を利用した文化の書き換え」は、ナデラに限ったことではない。南アフリカのネルソン・マンデラは、長年黒人を弾圧してきた白人の象徴であるラグビー代表チーム「スプリングボクス」をあえて解体せず、新しい融和の象徴として再定義した。過去の伝統(アンセスター本能)を破壊するのではなく、新しい国家の物語の中へと巧みに編み直したのである。また、韓国サッカー代表を率いたヒディンク監督も、儒教的な年功序列(ピア本能)を説教で正そうとはせず、食事の席次や呼び方といった物理的な環境シグナルを書き換えることで、ピッチ上の同調圧力を一瞬にして消し去った。
彼らに共通しているのは、人間の部族的な性質を「克服すべき弱点」として否定しなかったことだ。人間が周囲の空気に流されやすく、英雄になりたがり、過去のやり方に固執する生き物であることを冷静に受け入れ、その圧倒的なエネルギーがプラスの方向へ流れるように、環境や物語という「水路」をデザインしたのである。真のリーダーとは、人々の無意識のシグナルを調整し、集団の空気を静かに作り変える「文化の建築家」なのである。
白紙のノートから新しい標準を始めよ
あなたが今、硬直した組織の文化に息苦しさを感じているのだとしたら、システムや他人の性格を嘆くのをやめ、まずは自分の周囲の小さな環境シグナルから書き換える作業を始めてほしい。完璧な正解を提示して他人を従わせようとする「知る人」のスタンスを捨て、未知のものに対して心を開く「学ぶ人」へと自らの振る舞いを変えることだ。
そのための実践的な一歩として、マルマンのニーモシネ無地ノートのような、罫線というルールのない真っ白なノートを仕事の場に持ち込んでみてはどうだろうか。会議の場で、自分の主張を押し通すための論理を組み立てるのではなく、他者の意見や新しい気づきをその白紙に書き留めていく姿勢を周囲に見せるのだ。あなたが発するその「学ぶ」という新しいシグナルは、ピア本能を通じて必ず隣の誰かへと伝播していく。部族本能のメカニズムを理解し、それを味方につけた者だけが、冷え切った組織に再び温かい熱を吹き込み、未来の文化を自らの手でデザインしていくことができるのである。
『Tribal』シリーズ (全6回)




