社員数150人の壁を越えられるか【『LOONSHOTS』5/6】
なぜ組織は大きくなると官僚的になるのか
創業間もない頃のベンチャー企業には、活気と情熱が満ちあふれている。限られたリソースの中で誰もが会社の生き残りをかけて必死に働き、常識を覆すようなクレイジーなアイデアが次々と提案され、そして即座に実行に移されていく。しかし、事業が軌道に乗り、社員数が数十人から数百人へと拡大していくにつれて、かつての熱気は嘘のように冷めていく。会議は無難な報告の場と化し、新しい提案は複雑な承認プロセスの波に飲まれて消滅する。いわゆる大企業病と呼ばれる現象である。
私たちはこの組織の保守化を目の当たりにしたとき、会社が安定したことで社員が怠慢になったからだ、あるいは創業期のベンチャー精神を知らない優秀だが保守的な人材ばかりを採用してしまったからだと嘆く。そして、初心を忘れるなと経営理念を声高に唱え、社員の意識を変えようと躍起になる。しかし、もし創業期の情熱的なメンバーだけをそのまま数百人規模に増やしたとしても、彼らは結局同じように保守的な官僚へと変貌してしまうのだ。この現象は、個人の性格や意識の問題ではなく、組織の規模そのものが引き起こす物理的な必然なのである。大企業病とは、怠慢な社員の集まりではなく、与えられた環境の中で最も合理的に振る舞おうとする優秀な社員たちが生み出した、不可避の構造的帰結に過ぎないのだ。
マジックナンバーという見えない限界点
『LOONSHOTS<ルーンショット>』著者で物理学者のサフィ・バーコールは、組織の振る舞いが革新から保守へと切り替わる限界点を、マジックナンバー150という数値を用いて論理的に解き明かしている。人類学におけるダンバー数(人間が安定した関係を維持できる人数の上限)としても知られるこの数字の周辺で、組織は水が氷に変わるような明確な相転移を起こすというのだ。
同氏によれば、この相転移を引き起こす真の原因は、組織の規模拡大に伴うインセンティブ(報酬の力学)の逆転である。社員数が少ないうちは、プロジェクトが成功すれば会社の価値が劇的に上がり、個人のストックオプションやボーナスという形で大きなリターンが返ってくる。つまり、個人の利益とプロジェクトの成功が完全に直結しているため、誰もが失敗のリスクを恐れずに革新的なルーンショットに情熱を注ぐことができるのである。
社内政治が挑戦への情熱を凌駕する構造
しかし、組織の規模が150人という限界点を超え、数千人規模の大企業へと成長すると、この力学は完全に崩壊する。巨大な組織において、一人の社員が革新的なプロジェクトを成功させても、会社全体の価値を引き上げる割合は微々たるものであり、個人の金銭的リターンにはほとんど影響を与えない。一方で、プロジェクトの成功とは無関係に、社内政治をうまく立ち回って課長から部長へと出世すれば、給与は確実に跳ね上がり、地位も名誉も手に入るようになる。
この規模の組織においては、リスクを取ってクレイジーなアイデアに挑戦することは、非常に非合理的な行動となる。失敗すればキャリアに傷がつき、成功しても見返りは少ないからだ。それよりも、上司の顔色をうかがい、他部署との摩擦を避け、無難な既存業務(フランチャイズ)をミスなくこなして昇進を狙う方が、個人の生存戦略としては圧倒的に正しいのである。
評価のパラメータを操作して壁を壊せるか
あなたが今、組織の意思決定の遅さや社内政治の蔓延に頭を抱えているのだとすれば、それは社員の士気が低下しているからなのだろうか。それとも、挑戦よりも社内政治のほうが得をするという、マジックナンバーを超えた硬直したインセンティブ構造をそのまま放置してしまっているからなのだろうか。私たちが規模の拡大とイノベーションを両立させるためには、個人の意識に訴えかけるような精神論をきっぱりと捨て去り、報酬や評価のパラメータを数学的に設計し直すという冷徹な視点が不可欠である。
規模の壁を打ち破り、組織全体のベクトルを再び一つの目標に向かって束ねるための確かな実践書として、伝説の投資家ジョン・ドーアがGoogleの急成長を支えた目標管理手法を明かす『Measure What Matters(メジャー・ホワット・マターズ)OKRーー着実に結果を出すための目標+主要結果』へと手を伸ばしてみてはどうだろうか。役職による給与の差を減らし、スキルの向上やプロジェクトの成果そのものに報いる仕組みを緻密に構築すること。その構造改革への静かな着手こそが、巨大な組織の中に再びベンチャーの熱狂を呼び覚ます確かな一手となるはずだ。
『LOONSHOTS』シリーズ (全6回)




