【シーズン1 第2話】相手を変えようとするほど、すり減っていく|『レット・ゼム・セオリー』
著者:メル・ロビンズ 著
書名:『レット・ゼム・セオリー』/原題 The Let Them Theory(2024・本稿執筆時点で邦訳なし)
出版社:Hay House(原書)
結論:認めない相手を変えようとする消耗を手放し(レット・ゼム)、その力を自分の出方へ注ぎ直す(レット・ミー)。芯は二千年前の哲学の現代版で、目新しさはない。それでもすり減っている人が「降りる」ための入口になる。
こんな人に読んでほしい
- 認めてくれない相手に、何を言っても響かず消耗している人
- 他人の評価に振り回されて疲れている人
- 変えられないものに力を注いで、自分が前に進まない人
おすすめ度(★★★★☆):真新しい理論ではない。それでも動かせないものを握りしめて消耗している人が、手を開く勇気をもらう一冊として。
この記事の物語部分はフィクションです。登場人物・古書店・会話はすべて架空で、実在の人物・団体とは関係ありません。取り上げる書籍は実在しますが、作中の要約・解釈・批評は編集部による独自のもので、著者・出版社の見解を代弁するものではありません(正確な内容は原書でお確かめください)。それでは本書がもたらす「相手を手放し、自分を動かす」という本質を路地裏の古書店を舞台にした物語で味わってください。
認めない上司:「何を変えても響かない」
あの夜の終電で、コツ太は座席に着くなり、借りたばかりの本を開いた。揺れる車内、隣のスーツの群れは舟をこいでいる。そのなかで、ページをめくる手だけが止まらなかった。半分も飲み込めない。それでも店主の言った「方向」という言葉の手触りだけは行間からたしかに立ちのぼってきた。気づけば、降りる駅をひとつ乗り過ごしていた。
次の朝、コツ太はデスクで、昨日突き返された企画書を開いた。文字を削り、図を足す。けれど、すぐに手が止まった。量ではなく方向を変えるのだと決めたはずなのに、会社に着くなり、その決意は行き場を失っていた。
コツ太にはどうしても認めてくれない上司がいた。企画書はろくに目も通されずに突き返される。説明の仕方を変え、資料を足しても相手の反応は変わらない。変わったのは自分のすり減り方だけだった。あの人さえ認めてくれれば。そう思いながら、また一日が終わっていく。
その夜もコツ太は気づけばあの路地に折れていた。
ふたたびの灯り
引き戸を開けると、奥のほうで、客がひとり、棚から抜いた一冊をぱらぱらとめくっていた。カウンターでは店主がちょうど年配の客の会計をしている。包んだ本を渡し、釣り銭を木皿にのせた。「毎度。またどうぞ」。客が引き戸の向こうへ消えると、店は元の静けさに戻った。
店主はコツ太に気づくと、背の低い、厚手の湯呑みに湯を注いだ。ほかの客に、茶は出ていない。
「また来たね。今夜も冷えるから、焙じ茶にした」
勝手が少し分かってきて、コツ太は前ほど身構えずに丸椅子に腰を下ろした。差し出された茶は香ばしく、淡い赤茶色をしていた。ひとくち含むと、こわばっていた肩が、わずかにほどけた。ふぞろいの背表紙をぼんやり眺めていると、評価という一本の数字に追われた今日が、少しだけ遠のいた気がした。
結局、その本を明け方まで閉じられなかった。会社員の自分に、そっくり当てはまる本ではない。それでも読み進めるほど、昨夜この人が言ったことの芯が、少しずつ像を結んでいった。ただ古書店を営んでいるだけの人とはどうしても思えなかった。
「ご主人。昨日の本、ありがとうございました」コツ太は湯呑みを受け取りながら、そう切り出した。
店主は湯呑みからちらと目を上げただけだった。
「礼を言われるようなことはしていないよ。本を人より少し多く読んできただけの男だ」
得意げでもなく、卑下するふうでもない。心底どうでもよさそうなその様子に、コツ太はかえって、少し気が楽になった。
しばらくして、コツ太は今度は仕事のことをぽつりと切り出した。
「昨日のこと、会社でやってみようとしたんです。量じゃなく、方向を変えようと。でも無理でした」
「ほう」
「どんなに良い方向を考えても結局それを通すかどうかは上司が決めるんです。この一週間も説明の仕方を変えて、資料を作り直して、三度も持っていきました。なのに、ろくに目も通してもらえない。あの人が認めてくれない限り、僕が何をどう変えても意味がないんです」
店主は湯呑みから顔を上げなかった。
「なるほど。つまり君はこの一週間、自分の方向を変える前に、その三度の説明で、上司のほうを変えようとしていたというわけだ」
『レット・ゼム』の逆説:「放っておきなさい」
店主は少し考えるように間を置いてから、背後の棚をしばらく目で探り、一冊を抜いた。まだ新しい、海外の本だ。買い取ったばかりなのか、背表紙に折れひとつない。表紙には『レット・ゼム・セオリー』とあった。
「メル・ロビンズというアメリカの講演者が書いた本だ。世界中でものすごく支持されている。タイトルは『レット・ゼム・セオリー』。レット・ゼム、放っておきなさいという意味だよ」
「相手を放っておくということですか」
「そうだ。著者はこう言う。誰かが君を失望させたとき、たった二つの言葉が全てを変えると。ひとつめがレット・ゼム。あの上司を認めない人のままにしておきなさい。変えようとするのをやめなさい」
コツ太は湯呑みを置いた。
「それは諦めろってことですか。負けを認めて引き下がれと」
「多くの人が、そこで止まる」
店主はページを一枚めくった。
「そこで止まると、ただの投げやりになる。だが著者の本当の言いたいことは二つめの言葉のほうにあるんだ」
『レット・ミー』への転換:「そして、自分を動かしなさい」
「二つめの言葉はレット・ミー。私は私の出方を自分で選ぶという意味だ」
店主はその一節を指でなぞった。
「君が本当に動かせるのは上司の評価でも相手の反応でもない。動かせるのは自分の行動と、その力をどこへ注ぐかだけだ。著者はそう言っている。相手を変えることに使っていた力を引き上げて、自分の選べることに注ぎ直す。レット・ゼムで手放し、レット・ミーで選び直す。この二つで一組なんだ」
コツ太は息をのんだ。前の晩に言われた言葉が、頭の中でつながった。方向を変えるとは相手の反応ではなく、自分の出方を変えることだったのか。
だが、すぐには頷けなかった。それでは根本的な解決にならないと言い返したくなった。
「でも上司が認めてくれない現実は変わりません」
「そうだ。他人は変わらない。君が方向を探す相手を間違えている限りはね。上司という動かせないものの中で方向を探すのをやめなさい。動かせるのは君自身の出方のほうだよ」
店主は本を閉じた。
「ひとつ言っておくと、この理論は目新しい顔をしているが、芯はずっと古い。二千年前、エピクテトスという、奴隷の身分から出た哲学者が、同じことを言っている。世の中には自分に動かせるものと、動かせないものがある。動かせないものに心を砕くなと。著者はそれを今の言葉に詰め替えただけだ。流行りの理論として有り難がる必要はない。古くからある、確かなものを持ち帰ればいい」
コツ太は湯呑みを両手で包んだまま、ひとつ引っかかっていた。
「でもご主人。放っておく、っていうのはただ逃げるのと、どう違うんですか。本当はちゃんと向き合うべき相手まで、面倒だから放っておく。そういう言い訳に、使えてしまう気がして」
「鋭いところを突くね。正直に言えば、この本はそこを曖昧にしている」
店主は湯呑みを置いた。
「どこまでが手放していい相手で、どこからが、向き合うべき相手なのか。その線引きを著者は読者に預けたままにする。そして人はたいてい楽なほうを選ぶ。放っておきなさい、は本当はすべき話から逃げる口実にも化ける。便利すぎる言葉にはいつもその危うさがついてまわる」
「じゃあ、どこで線を引けば」
「ひとつの目安はね。自分の手の中にあることをまだ何も試していないなら、それは手放すには早い。君の上司の評価そのものは君の手の外にある。そこは放っていい。だが、企画の通し方や、伝える順番はまだ君の手の中だ」
「僕の手の中」
「放っておくべき相手と、逃げずに変えるべき自分のやり方。君はいま、その二つを混ぜていないか」
コツ太は湯呑みのふちを見つめた。手放していいものと、まだ手の中にあるもの。自分がいま避けているのは本当に上司の理不尽さのほうなのか。それともまだ試していない自分の出方のほうなのか。
赤を入れたゲラの前で、半年
店主は湯をつぎ足しながら、棚の一角に目をやった。
「私もね、若い頃に同じ失敗をした。出版社にいた頃、どうしても原稿に手を入れさせてくれない作家がいてね。ここを直せば必ず良くなる、と分かっているのに、本人が頑として動かない。私は半年かけて、赤を入れたゲラを前に何時間も粘り、手を変え品を変え、その人を説得しようとした」
「変わったんですか、その作家は」
「いいや。びくともしなかった。半年かけて、すり減ったのは私のほうだけだったよ」
店主は湯呑みのふちを指でなでた。
「後になって分かった。私に変えられたのは作家ではなかった。ゲラの渡し方や、打ち合わせの時間の取り方という、こちらの段取りのほうだけだったんだ。相手を変えようとした半年で、私は自分の編集の腕を何ひとつ前に進めていなかった。あの半年を自分の側に使っていたらと、今でも思う」
自慢でも教訓でもなく、ただ古い悔いを掘り起こすような声だった。
何時間分の、説得資料
その声につられて、コツ太も打ち明けた。
「僕も同じです。分かってくれないのは伝え方が足りないからだと思って、資料を増やして、言い方を変えて。でも向こうは最初からこっちの話を聞く気がなくて。結局、消耗したのは僕だけでした」
「君は聞く気のない相手に、聞かせようとしていたんだね」
コツ太はすぐには頷けなかった。先週、休憩も削って資料を作り込んだ手応えが、まだ指の先に残っている。それを無駄だったと認めるのは思いのほか苦かった。だが、その苦さの底で、店主の言葉は当たっていた。
「言われてみれば、その通りです」
「あの説得の資料に、先週だけで、いったい何時間つぎ込んだか。それで結局、何ひとつ動かなかったんですから」
コツ太は苦笑した。
「あの何時間かを企画そのものに注いでいたらと思うと、ぞっとします」
「そこに気づけたなら、もう半分は向きが変わっている」
コツ太が顔を上げると、店主も小さく笑った。
コツ太も腰を上げた。二晩でこの人にもらったものはもう本一冊の値打ちでは測れない。
「ありがとうございました、先生」
口にしてから、自分でも気づいた。先ほどまでご主人と呼んでいた相手をいつのまにか先生と呼んでいた。
店主は湯呑みからちらと目を上げただけだった。
「先生はよしてくれ。そんな柄じゃない」
そう言いつつ、やはり、いやがるふうではなかった。
帰り道で、ひとつだけ動かした
店を出ると、風が前の晩より冷たかった。コツ太は来たときと同じ路地を戻りながら、考えていた。
上司はたぶん変わらない。それはもう手放していい。そのかわり明日からは上司を説得することに使っていた力を引き上げてみよう。分からせるための資料を作り込むのはもうやめる。上司がどこを叩くかを先回りして守りを固める時間を現場の事実を自分の足でひとつでも多く確かめ直すことに回そう。動かせるのは自分の側だけだ。
相手はひとつも動かせなかった。その事実はずしりと重い。けれど、自分の動かし方なら、今夜この場で、ひとつ決められた。
相手は手放した。自分の出方を変えると決めた。だが、駅へ向かいながら、ふと思った。こうして仕事のやり方ばかりを必死に考えている自分はいつから、仕事という一本の物差しでしか、自分を測らなくなっていたのだろう。コツ太はまた、あの灯りを訪ねる。
- 人を消耗させるのはたいてい「動かせない相手」を動かそうとしているときだ。
- 「レット・ゼム(放っておく)」は諦めではない。動かせないものから、力を引き上げる合図だ。
- 本当の力は次の言葉にある。「レット・ミー(自分を動かす)」。引き上げた力を自分の選べることに注ぎ直す。
- 月曜の一歩:今日、誰か一人を変えようとして使っている力を見つけ、それを「自分のどの行動を変えるか」に振り替えてみる。
認めてほしい相手ほど、こちらの力では動かせない。私は長いあいだ、それを取り違えて生きてきた。分かってくれない人を分からせようと言葉を重ね、すり減ってはまた重ねた。残ったのは疲れだけだった。
仕事には必ず相手がいる。雇う側と雇われる側、売り手と買い手。そして、こちらの思いどおりに動く相手など、一人もいない。本書の「レット・ゼム(放っておく)」は投げやりとは違う。動かせない相手から手を引き、その力を自分が選べる行動へ向け直す合図だ。続く「レット・ミー(自分を動かす)」まで読んで、ようやく腑に落ちた。本書は後半で、もう一歩踏み込む。相手は変えられないが、影響を与えることはできると。ただし鍵は圧力でも説得でもない。人は圧をかけられるほど動かない。相手を放ち、自分の側を磨くことのほうに、影響の芽はある。
結局、どんな商いも同じなのだろう。分からせるための材料を増やしつづけるより、自分の仕事の信用を一つずつ積み、その魅力で人に来てもらう。ローマは一日にして成らず。コツコツと自分を磨くしかない。少し身も蓋もない結論に聞こえるかもしれないが、力を注ぐべきは間違いなくそこだ。
芯は二千年前の哲学の詰め替えで、目新しくはない。それでも誰かに振り回されて消耗している人には手を開くきっかけとして効く。私はそういう一冊として薦める。
なお、この本にはいまのところ邦訳がない。私は原書で読んだ。白状すれば、この店の棚に自己啓発の類が多いのは私のいまの英語力で、苦もなく通読できるのが、ちょうどこのあたりの本だからという事情も少しある。
「手放す」を心構えで終わらせず、日々の仕事のやり方にまで落とし込むと、どうなるか。その実務編にあたるのが、シリーズ第4話の一冊だ。

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