【シーズン1 第3話】ひとつの物差しで測るほど、人生が痩せていく|『Rich Life まだ知らない景色が人生を豊かにする』
著者:大石繁宏 著
書名:『Rich Life まだ知らない景色が人生を豊かにする』(2025)/原題 Life in Three Dimensions(2025)
出版社:日経BP
結論:良い人生は一本の物差しでは測れない。幸福・意味・心理的な豊かさという三つの次元がある。仕事の数字だけで自分を採点していると、ほかの次元の時間が痩せていく。どの次元を厚くするかは自分で選べる。
こんな人に読んでほしい
- 仕事の評価や数字だけで、自分の価値を測ってしまう人
- 休日も頭が仕事から離れず、家族といても上の空になる人
- 何のために走っているのか、見失いかけている人
おすすめ度(★★★★☆):「豊かさこそ正解」と押しつけない。物差しは複数あると気づかせ、どこへ向けるかを選び直させてくれる一冊。
この記事の物語部分はフィクションです。登場人物・古書店・会話はすべて架空で、実在の人物・団体とは関係ありません。取り上げる書籍は実在しますが、作中の要約・解釈・批評は編集部による独自のもので、著者・出版社の見解を代弁するものではありません(正確な内容は原書でお確かめください)。それでは本書がもたらす「人生は一本の物差しでは測れない」という本質を路地裏の古書店を舞台にした物語で味わってください。
数字に追われる休日:仕事の物差しが頭から離れない
土曜の昼、コツ太は家にいた。あるのは体だけだった。
頭の中では平日に出した数字のことばかりが回っていた。達成率、評価の点。スマホを開いては見ても何も変わらないと分かっている数字をまた確かめている。隣で子どもが話しかけてくる。生返事をする。妻が何か言う。聞いてはいるが、頭に入ってこない。リビングに座ったまま、コツ太の目は見えない表計算のセルを追っていた。彼にとって土曜も日曜もただ平日の数字に追われるだけの日でしかなかった。
夜になって、コツ太はまたあの路地へ向かった。家にいても満たされないなら、せめてあの灯りのそばにいたかった。
茶の湯気のなかで
引き戸を開けると、先生は今夜、小ぶりの白い急須から茶を注いでいた。湯気が本の壁の手前で淡くほどけていく。
「また来たね。よほど帰りたくない夜が続いているようだね」
「家にはいるんです。いるんですけど」
「いるけれど、いない、か」
コツ太ははっとした。初めてこの店を訪れた晩、先生が亡き妻の言葉として漏らしたあの一言と同じだった。
「今日も休みなのに、頭の中はずっと仕事の数字でした。子どもに話しかけられてもろくに応えられなくて。隣にいるのに、心がそこにないんです」
「平日の物差しを家にまで持ち帰っているんだろう。数字が伸びたか、評価は上がったか。休日までその物差しで自分を測りつづけている」
図星だった。コツ太は出された茶を黙って受け取った。ひとくち含むと、はじめに甘みが来て、追って渋み、最後にかすかな旨みが残った。
「不思議な茶でしょう。甘い、渋い、旨い。どれか一本の物差しでは、この一杯は言い表せない。茶の味は、いくつもの層が重なってできている」
物差しは一本ではない:『Rich Life』の三次元
コツ太がうつむいたまま茶を口に運ぶのを先生はしばらく黙って見ていた。それから、棚から一冊を抜いた。
「君のように、何でも一本の物差しで測りたがる人間に、こういう見方もあると気づかせてくれる一冊でね」
表紙には『Rich Life まだ知らない景色が人生を豊かにする』とある。
「大石繁宏という、日本生まれで、アメリカで研究を続けてきた心理学者の本だ。邦題はなぜか『リッチ・ライフ』。豊かな人生とついている。売れるように出版社がつけたんだろうな。三次元の人生、では手に取ってもらえん」
先生はその背表紙を指でなでた。
「だが原題のほうがよほど正直でね。ライフ・イン・スリー・ディメンションズ。人生は三つの次元でできている、という意味だ」
「三つの次元、ですか。そう言われても、なんだか難しくて」
「難しく考えなくていい。次元とは、ものを測る軸のことだ。箱に縦と横と高さの三つの向きがあるだろう。どれかひとつだけでは、箱の大きさは言いあらわせない。人生も同じでね。良し悪しを測る軸がひとつきりではないんだ」
「軸がいくつもある」
「そういうことだ。そして軸が三つあるなら、それを測る物差しも三本いる。良い人生とは、一本の物差しで引いた一本の線ではない。三本の物差しで測る奥行きのある立体なんだ。ところが心理学は長いあいだ、その物差しを二本しか持たなかった。幸福か、意味か。良い人生といえばこのどちらかだと誰もが思ってきた。だが、その二本では取りこぼすものがあると著者は言う。そこに三つめを足したんだ。人生を測る物差しはひとつでも、ふたつでもない。少なくとも三つある、と」
「幸福と意味、そして三つめは何なんです」
「では、順に話そう。ひとつめは幸福。美味しいものを食べて、よく眠れる、日々の心地よさだ。ふたつめは意味。誰かの役に立っている、大事だと思える、その手応え。三つめはこの著者が新しく付け加えた心理的な豊かさ。まだ知らない経験に出会い、ものの見方が変わっていく面白さだ。旅に出る、畑違いの本を読む、思いがけない人と出会う。楽しいとも、役に立つとも限らない。それでも世界が一段広く見えて、その人の内側に新しい引き出しが増えていく。邦題の『リッチ』も、本当はこの三つめから来ている」
コツ太は出された茶をひとくち含み、湯呑みのふちを見つめた。
「でも仕事で数字を出さなければ、生活も成り立ちません。結局は仕事の物差しで勝つしかないじゃないですか」
「生活を支えるために、仕事の物差しはいる。それは事実だ。だが、ひとつ考えてごらん。いま君が握りしめているその物差しはさっきの三つの次元のどれを測っている」
コツ太はたった今教わったばかりの三つを不器用に口の中で並べてみた。「心地よさでもない。手応えでもない。まだ知らない景色でもない。僕が測ってきたのは仕事の成果です。あの三つのどれでもない」
「だろうね。だが、仕事そのものは本来その三つと別ものではない。誰かの役に立てば意味になり、暮らしが安定すれば幸福にもなる。新しい仕事に挑めば、心理的な豊かさにもなる。仕事は本来、三つの次元を養う畑のようなものなんだ」
「じゃあ、仕事そのものが悪いわけじゃない。本当はその畑から、幸福も意味も豊かさも穫れたはずなんですね」
「そうだ。ところが君はその畑から穫れる実りを見ず、評価という一本の数字だけを抜き出して、それを自分の値打ちにしてしまった。その数字は、さっき君が言ったとおり、三つのどれも測っていない。だから、いくらその数字で勝っても、君の心地よさも手応えも面白さも、ひとつも増えはしない。なのに君はいつのまにかその一本で、人生ぜんぶを採点しようとしている。一本の物差しで測りつづけるかぎり、その物差しで測れない次元の時間は知らぬ間に痩せていく」
父の人生と息子の人生
先生はページの途中を指でなぞった。
「この著者は自分の父親の話を書いている。父親は同じ町で、同じ仕事を生涯くり返した。安定して、穏やかで、おそらく幸福な人生だ。一方、著者自身は国を越えて移り住み、慣れない土地で何度もつまずいた。落ち着かないが、経験には満ちた人生だ」
「どっちが正解なんですか」
「著者はどちらが上とも言わない。父の人生は幸福の次元が豊かで、自分の人生は心理的な豊かさの次元が濃い。あるいは何か大きな目的に身を捧げる、意味の次元が濃い人もいる。物差しが違うだけで、優劣ではないとね」
先生は本を少し持ち上げた。
「ここが大事だ。著者はこうも言う。良い人生は一つきりの形じゃない、と。仕事の数字だけを物差しにしなくていい。心地よさにも、手応えにも、まだ知らない景色にも、目を向け直せる。どこに目を向けるかを選べるのは君自身だけだ」
コツ太は湯呑みの底に残った茶を見つめた。
「今の僕にはそのどれもありません。心地よくもない。手応えもない。まだ知らない景色なんて、見えてもいない」
「向ける先を自分で選んでいないからだ。君はずっと誰かに渡された一本の物差しの上で、前か後ろかだけを争っていた。だが本当は横にも奥にも世界は広がっている」
コツ太はふと引っかかった。
「でも先生。その三つめ、心理的な豊かさ。新しいことに次々手を出せ、ということですか。それもなんだか追い立てられる気がして」
先生は湯呑みを置いた。
「鋭いところを突くね。そこがこの本の気をつけどころでね。著者は新しい経験こそ豊かさだと説く。だが、それを『もっと刺激を、もっと珍しいことを』と物差しにし始めると、豊かさがまた君を責める新しい一本に化ける」
「新しい一本に」
先生は本を閉じた。
「さっきの著者の父親を思い出すといい。同じ町で、同じ仕事を、穏やかに続けた人生だ。著者は三つに優劣はないと言っている。豊かさを”足りない”を数える物差しにするな。それでは、仕事の数字を別の数字に取り替えただけだよ」
コツ太は黙ってうなずいた。
「だから、難しく考えなくていい。こう自分に問うてみるといい。物差しのことなど忘れて、ただ満たされていた時間が君にもあったろう。あれは本当にひとつの次元だけが高かったのか。それとも心地よさも手応えも面白さも同時にあったんじゃないか」
コツ太は黙った。問われて思い浮かんだのは子どもと過ごしたなんでもない休日の景色だった。
「昔は何でもない休日が、ただ楽しかったんですけどね」ふとそんな言葉がこぼれた。
何万部という物差し
先生はすぐには答えなかった。湯をつぎ足し、棚の奥へ、いつもより長く目をやった。
「その気持ちは私にも覚えがある」
少し間を置いて、先生は続けた。
「長いあいだ、私は本を一本の物差しで測っていた。売れた部数だ。何万部いったか。それだけで、自分の仕事の良し悪しを決めていた。家に帰っても頭の中はずっと部数のことだった」
「さっきの僕と同じですね」
「同じだよ。部数では測れない価値があると気づくのに、ずいぶんかかった。たった数百部でも誰か一人の人生を変えた本がある。逆に、何万部売れてもただ消費されただけの本もある。私は長く後者の数字の大きさばかりを誇りにしていた」
先生は少し声を落とした。
「この店はね、もとは妻がやっていた小さな茶の店だった。建物ごと妻が実家から受け継いだものでね。家賃の心配がいらないから、儲けなど度外視で、好きにやれた。本好きの妻が客に一杯出しながら、好きな本の話をする。それだけの店だ。部数という物差しで見れば、何の数字にもならない。だが妻は客に心地よい時間を出し、知らない本という景色を手渡していた。その商いがどの次元を厚くしていたか、部数の話ばかりだった当時の私にはまるで分からなかった。今になって、毎晩こうして茶をいれている」
それ以上先生は語らなかった。コツ太も尋ねなかった。ただ、本に囲まれたこの店がなぜ茶の匂いに満ちているのか、その理由が少しだけ分かった気がした。
思い出せないあの子の顔
コツ太は冷めかけた茶を見つめた。淡い緑だった茶はすっかり色がくすんでいた。
「今日の昼間、家族と同じ部屋にいたのに、頭の中はずっと表計算の中にありました。子どもが公園に行こうって何度も誘ってきたんです。僕は生返事で、結局行かなかった。あとになって、あの子がどんな顔で誘ってきたのかさえ、思い出せなくて」
「君の頭の中では、土曜の昼間も平日の物差しが動いていたわけだ」
先生は湯呑みを置いた。
「著者の処方はひとつ覚えておけばいい。誰かに誘われたら、まずイエスと答える。まだ知らない景色はたいていその誘いの形でやってくる。君の子どもは公園というまだ知らない景色に、君を誘っていたんだよ」
コツ太はすぐに言葉が出なかった。たった数日前のわが子の顔。それが思い出せないという事実がじわじわと胸に広がっていく。
「あんなに誘ってくれたのに」
声が少しかすれた。しばらくして、コツ太は続けた。
「いくら休日に数字を気にしたって、評価が上がるわけじゃない。心地よくもない。手応えも面白さもない。あの時間はどこにも載らないまま、ただ消えていきました」
言ってしまってから、コツ太は気づいた。それがまさに先生の言っていた痩せていく時間なのだと。頭で分かるのとは違う痛みをともなう理解だった。冷めた茶を飲み干しながら、コツ太はその痛みをしばらく胸の底に置いていた。
方向を選びにいく
本を買い、店を出ると、夜気がひやりと頬をなでた。歩きだしてすぐ、コツ太は自分の足取りが来たときより少し軽くなっているのに気づいた。
がむしゃらに量をこなすこと。動かせない相手の顔色をうかがうこと。誰かに渡された一本の物差しで、自分を測ること。この数週間で背負い込んでいた荷物の正体が歩くうちに少しずつ見えてきた。どれも自分で下ろしていい荷物だった。幸福にも意味にもまだ知らない景色にも目を向けていい。どこへ向けるかは自分で選べる。
何もかもを一度に変えられるわけじゃない。それでも、ひとつだけ決めていた。次の休日、子どもがまた公園に誘ってきたら、今度は顔を上げて、イエスと言う。仕事の数字には決して載らないその時間にこそ目を向ける。それが自分で選ぶということだった。
ポケットの中で、スマートフォンの硬い感触があった。いつもなら無意識に開いてしまう画面を今夜は見たいと思わなかった。
向ける先を自分で選ぶ。そう決めたものの、コツ太の毎日はすでに抱えた荷物で埋まっていた。新しい方向に手を伸ばす前に、まずその荷物をどう下ろすか。コツ太はまた、あの灯りを訪ねる。
- 良い人生は一本の物差しでは測れない。幸福・意味・心理的な豊かさという、少なくとも三つの次元がある。
- 仕事の数字だけで自分を採点していると、ほかの次元の時間が知らぬ間に痩せていく。
- どの次元を厚くしたいかは人によって違う。そして、それを選べるのは自分だけだ。
- 月曜の一歩:この一週間の時間を仕事・幸福・意味・面白さの四つに振り分けてみる。どれかが「ゼロ」なら、そこに十五分だけ向けてみる。
数字で自分を測る癖は私にも長くあった。売れたか、伸びたか。その一本の物差しの上で、前か後ろかばかりを気にして生きていた。それを少しゆるめてくれたのは毎日の読書だった。本を一冊読むたびに、まだ知らない景色がひとつ増える。すぐ何かの役に立つわけではない。ただ、ものの見方が静かに変わっていく。著者の言う「心理的な豊かさ」とはたぶんこの感覚のことだ。仕事の数字には決して載らないが、確かに人生を厚くしていく次元がある。
もっとも、手放しで賛成はしない。ひとつ引っかかるのは、この三つめが本当に独立した物差しなのかどうかだ。新しい経験に胸が躍る状態は幸福の一種でもあるし、視点が変わる経験は意味の一部でもある。新しい次元の発見というより、昔から面白い人生と呼んできたものに名前をつけ直しただけ、とも読める。もうひとつ、本書の挙げる例は旅や留学や引っ越しに偏りがちだ。どれも時間と金に余裕があってこその選択で、余裕のない人に向かって、もっと冒険をと迫れば、時に酷な物言いにもなる。著者自身、安定した父の人生をあくまで対比として置くだけで、その豊かさを正面からは擁護しない。
それでも、一本の物差しに痩せさせられていると感じる人にこそ、この本の差し出す三つの次元を一度ながめてみてほしい。
「もっと」という一本の物差しを疑うところから、この連載は始まっている。豊かさの中身を考える前に、その物差し自体を問い直した回がこちらだ。

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